独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
ワムシ講座
 第8回 培養不調の発生パターンによる原因の推定 2010.8.16掲載
 ワムシの大量培養では,ワムシが思うように増殖しなかったり,培養密度が急減したり,といった「培養不調」に陥ることがあります。この原因は様々であり,本講座の第3回(培養用餌料の種類と給餌量),第4回(培養水中の溶存酸素とアンモニア態窒素),第5回(原生動物と細菌)でも解説しています。

 培養不調になっても,直ちに原因を解明して適切な対策を講ずれば,被害は最小限に抑えられますが,判断や対策を誤れば不調は長期化して,種苗生産への供給が滞るという深刻な事態になります。
 培養不調の原因を的確に診断するのは,熟練した技術者であっても“至難の業”ですが,培養不調の発生パターンと不調発生時のワムシの状況や観察などから,ある程度原因を絞り込むことができます。

 今回は,ワムシの培養不調を培養開始からの経過時間ごとに3つのパターンに分けて整理し(図8),それぞれの培養不調の原因を推定してみましょう。

図8 ワムシの培養不調の発生パターン

 パターンA:培養開始翌日から始まる不調

 培養開始直後に不調になったということは,原因は水質悪化や,細菌・原生動物の増加,餌料不足や過剰給餌によるものではないと考えられます。
 推定される原因として,元種ワムシの活力不良培養水中の有害物質(残留塩素など)餌料の質の低下,などが挙げられます。

【対 策】
 元種ワムシの活力不良が原因?
 元種とするワムシの遊泳状態を顕微鏡で確認し,遊泳が緩慢で活力が低い場合は使用しないことが重要です。いったん活力が低下したワムシは回復するまでに時間を要し1),計画的な培養には使えません。良好な状態のワムシを選択,または入手して培養を再開する必要があります。
1)小磯雅彦,日野明徳(2002)シオミズツボワムシの大量培養における増殖停滞の機構に関する研究.水産増殖,50,197-204.
 培養水中の有害物質が原因?
 最も疑われるのが,培養水の塩素消毒処理後の中和不足による残留塩素の影響です。ワムシは塩素に非常に弱く,ワムシの卵を有効塩素濃度10ppmに10分間浸漬しただけでも,ふ化率が10〜30%まで低下します2)
 適正に中和処理(具体的には,12%次亜塩素酸ナトリウム水溶液100mlの中和は,塩素量が12gなので,チオ硫酸ナトリウムを12g添加する)を行った後で,ジエチル-p-フェニレンジアミン(DPD)法やオルトトリジン(OT)法によって,中和を確認する必要があります。
 なお,培養水中の残留塩素は,ワムシや餌料などの有機物と反応して速やかになくなるため,培養不調が発生してから培養水中の残留塩素を測定しても検出されないことがあります。
2)渡辺研一,小磯雅彦(2006)市販薬剤を用いたシオミズツボワムシ複相単性生殖卵の消毒.栽培技研,34,67-71.
 餌料の質の低下が原因?
 自場で培養したナンノクロロプシスを餌料に使っている場合,ナンノクロロプシスの培養が不調であれば餌料としての質に問題があるかもしれません3)。培養が順調であれば問題はないと思われます。
 一方,市販の濃縮淡水クロレラ(生クロレラV12)を使用している場合は,濃縮液のpHを確認します。pH値が5.9以下なら(購入直後はpH6.5前後)品質が低下している可能性が高いため,そのロットの使用をやめて新しいものに交換します。
 これに対応するためにも,クロレラは大量にまとめ買いせず,少量ずつこまめに購入することを勧めます。
3)岡内正典,周 文堅,Wan-Hong Zou,福所邦彦,金澤昭夫(1990)異なる増殖相におけるナンノクロロプシスNannochloropsis oculataの栄養価の相違.日水誌,56,1293-1298.
 パターンB:培養開始後2〜4日目からの不調

 培養開始当初には順調な増殖が見られるものの,その後培養日数の経過に伴って不調になってきた,という状況です。推定される原因は,有害な細菌(一部原生動物)の増加,餌料関連のトラブル(餌料不足,過剰給餌,品質など),ワムシ密度の増加に伴う溶存酸素濃度の低下,などの影響が挙げられます。
 なお,アンモニア態窒素(第4回参照)については,この程度の短期間の培養では影響はほとんどないと思われます。
【対策】
 有害細菌の増加が原因?
 本講座の第5回で解説したように,現時点では確実な対策がありませんが,次善の策として水温や塩分,pHなどを変更することが考えられます。これで改善されない場合は培養の継続を断念し,培養水槽とその周辺部,用具,使用海水を徹底的に消毒し,新たに元種を導入して培養を再開する必要があります。
 また,原生動物(顕微鏡で確認可能)の増加が原因だった場合は,海水からの侵入が疑われますので,培養を再開する際には,使用海水を消毒処理あるいは精密ろ過処理することで防除します。
 餌料関連のトラブルが原因?
 適正な給餌量や給餌方法については,本講座の第3回を参考に改善してください。餌料の質についてはパターンAと同様です。
 溶存酸素濃度の低下が原因?
 本講座の第4回で紹介したように,溶存酸素濃度は培養中に急激に変化するため,こまめに測定する必要があります。溶存酸素濃度の低下には,通気量を増やすことで一時的に対処することも可能ですが,水質悪化を伴うことが多いため,出来るだけ早期に植え替える(ワムシを回収して別の水槽に移す)必要があると思われます。
 なお,溶存酸素濃度の低下が原因でワムシが全滅しても,酸素を消費するワムシが死亡することで,翌日には溶存酸素濃度が回復している場合もあり,事後の測定では原因が特定できない可能性があることに注意してください。
 パターンBでは,適正な給餌を行い,溶存酸素濃度を把握しておけば,不調の原因は有害な細菌や原生動物など,ある程度絞り込むことができます。
 パターンC:長期間培養した後の不調

 順調な増殖が認められた後での培養不調であることから,推定される原因として,培養槽内に蓄積したワムシの糞や死骸,食べ残しの餌料などに由来するアンモニア態窒素の増加や硫化水素の発生による水質悪化,などの影響が挙げられます。
 アンモニア態窒素は測定できますが,硫化水素は培養水中の酸素と反応して速やかに減衰するため測定は困難です。培養終了後に培養槽の底面に黒いシミのようなものがあったら,硫化水素が発生していたと考えてください。
【対策】

 培養の経過に伴って,培養水の水質が徐々に悪化して起こった培養不調には,不調になる“前兆”が必ずあります。
 まず,総卵率が低下し,培養水中の残餌が増え,その後増殖率が低下して,やがてワムシ密度が減少します。最終段階でのワムシを観察すると,ほとんどが成熟個体であり,水質悪化に弱い仔ワムシは認められなくなります1,4)
 このようなワムシ個体群は,植え替えてもワムシの活力が低下しているため,パターンAの培養不調を引き起こす可能性があります。培養不調の前兆を的確に捉え,早めの植え替えや新たな培養水槽の立ち上げなどの対応を行います。

4)小磯雅彦,日野明徳(1999)ワムシの活力判定と個体群の増殖予測に関する研究.水産増殖,47,249-256.
表6 培養不調の発生パターンと推定される原因
 今回は,培養経過に伴う不調を大まかに3つのパターンに分けて,その原因を推定してみました(表6)が,不調原因はこれら以外にも存在し,また,複数の原因が関与している場合もあります。全ての不調原因をなくすことはできませんが,適切な培養管理を行うことによって不調原因を減らすことは可能です。
 第8回のまとめ

・ 培養不調に陥ってしまったら,不調の発生パターン(培養日数)と

  ワムシの観察結果から原因をしぼり込もう

・ 培養不調原因の多くは,適切な対策を講じることで回避できる。





第7回 ワムシの計数 | ワムシ講座目次へ | 第9回 ワムシの栄養強化