独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
ワムシ講座
 第4回 培養水の溶存酸素とアンモニア態窒素 2010.4.15掲載
 溶存酸素とは,水中に溶け込んでいる酸素のことで,通常は培養水中に通気(エアーレーション)を行って濃度を維持します。培養水中の溶存酸素はワムシを含めた他の共存微生物(原生動物や細菌等)の酸素呼吸によって消費されます。
 一方,アンモニア態窒素は水質悪化の指標であり,培養水中ではワムシや他の共存微生物の排泄物や死骸,食べ残し餌料等の分解過程で発生します。
 両者は共に培養水中の濃度があるレベルに達するとワムシの増殖を阻む原因となるため,培養管理上はその動向をモニターし,適切に対処する必要があります。
 溶存酸素

 ワムシは一時的な低酸素・無酸素状態には極めて強い生き物です。
 L型ワムシを無酸素状態においても,半数が死亡するのに6時間,全てが死亡するには12時間を要します1)。しかし, ワムシの増殖となると話は別で,溶存酸素濃度が2mg/L以下の低酸素状態にあると,増殖は不安定になります1)
 また,L型は,溶存酸素濃度が2.3mg/Lで増殖率と餌料転換効率が低下し,0.9mg/Lでは個体数が減少(一部死亡する)すること,S型はこれらの低酸素範囲では影響を受けず,より低い0.8mg/Lで影響することが報告されています2)。ゆえに,培養水中の溶存酸素濃度は安全を見込んで3mg/L以上を維持する必要があると思われます。

 なお,溶存酸素濃度の急激な低下も要注意です。溶存酸素濃度が6.3mg/Lから4.6mg/Lへ急激に低下すると,濃度が充分高いにもかかわらず一時的にワムシの摂餌量が約半分に減少すること3)が報告されています。
 特に,溶存酸素濃度が低く推移している場合には,溶存酸素濃度の急激な低下が低酸素を招き,両方の影響を同時に受ける可能性があるため,さらに注意が必要です。


      




参考文献
1)今田 克(1983)大量培養における餌料および環境.水産学シリーズ44,シオミズツボワムシ−生物学と大量培養.日本水産学会編,恒星社厚生閣,東京,pp.129-156.
2)Yamasaki,S.,D.H.Secor and H.Hirata (1987) Population growth of two types of rotifer(L and S)Brachionus plicatilis at different dissolved oxygen levels.Nippon Suisan Gakkaishi53,1303.
3)小磯雅彦,日野明徳(2006)シオミズツボワムシの増殖および摂餌に対する溶存酸素濃度の急激な低下の影響.水産増殖,54,37-41.
 溶存酸素濃度の急激な低下は,餌や栄養強化剤を一度に添加した場合4,5)に起こるため(図1),少量ずつ連続的に給餌あるいは添加する等の対処が有効な回避策となります。なお,溶存酸素濃度を極端に高めてもワムシの増殖率が大幅に向上することはありません。

4)小磯雅彦,友田 努,桑田 博,日野明徳(2005)ワムシの増殖と生産コストに及ぼす連続給餌の効果.栽培技研,32,1-4.
5)小磯雅彦,島 康洋,日野明徳(2007)栄養強化剤の連続添加がワムシの回収率と栄養価に及ぼす効果.栽培技研,34,89-92.


















 アンモニア態窒素

 アンモニア態窒素の濃度は単位水量あたりの累積給餌量に比例して高くなり6),ワムシ密度が1万個体/mlを超える高密度の培養事例では,濃度が400mg/L以上になる7)こともあります。
 アンモニア態窒素の濃度は,遊離のアンモニア(NH3)とそれが解離してイオン態となったアンモニウムイオン(NH4+)の合計値で表されますが,ワムシの増殖に強く影響するのは遊離のアンモニア(通常“非解離アンモニア”と呼ばれている)です。ワムシ(L型)に対する非解離アンモニアの毒性の影響については,濃度が2.1mg/Lでワムシの増殖が低下し始め,17mg/Lでは24時間で半数が死亡する8)と報告されています。

 表5に各水温とpHにおけるアンモニア態窒素に占める非解離アンモニアの割合(%)9)を示しました。
 例えば,水温25℃でpH7の培養条件の場合,培養水中のアンモニア態窒素が30mg/Lであれば,非解離アンモニアの濃度は30mg/L×0.47(%)=0.141mg/Lと計算されます。この表から,非解離アンモニアの割合は,培養水のpHと水温の上昇に伴って大幅に高くなることがわかります。

 一般的なワムシ培養では,培養水のpHが7.0〜7.5の範囲であり,非解離アンモニアの割合が比較的低いことから,それほど非解離アンモニアの毒性を恐れる必要はないと思われます。しかし,長期間にわたる培養やアンモニア態窒素濃度が高い高密度での培養,ならびにpHが高いナンノクロロプシス培養液(状態によってpHが9以上になることがある)の使用等では注意が必要です。
 なお,高密度培養では非解離アンモニアの毒性を回避するために,培養水に塩酸を添加してpHを7前後に調整すること7)もあります。



6)神奈川県淡水魚増殖試験場(1986)昭和60年度特定研究開発促進事業.初期餌料の培養技術開発研究報告書−IV,pp.21.
7)吉村研治,北島 力,宮本義次,岸本源次(1994)濃縮淡水クロレラ給餌によるシオミズツボワムシの高密度培養における増殖阻害要因について.日水誌,60,207-213.
8)Yu,J.P.and K.Hirayama (1986) The effect of un-ionized ammonia on the population growth of the rotifer in mass culture.Nippon Suisan Gakkaishi52,1509-1513.
9)Bower,C.E.and P.Bidwell (1978) Ionization of ammonia in seawater:Effect of temperature, pH,and salinity. J.Fish.Res.Bd.Can.,35,1012-1016.
 第4回のまとめ

・ ワムシは一時的な低酸素・無酸素状態には耐性があるものの,

 溶存酸素の急激な低下や,2mg/L以下の低酸素状態では増殖が不安定になる。

・ アンモニアの中でも毒性が強い非解離アンモニアは,

 pHや水温が高いほど割合が高くなり,2.1mg/Lの濃度でワムシの増殖を阻害する。



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