独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
ワムシ講座
 第5回 原生動物と細菌 2010.5.17掲載
 ワムシの培養槽内には,ワムシしかいないと思われがちですが,実は,ワムシ以外にも大量の原生動物や細菌等の微生物が存在しています。
 これは,ワムシ培養が原生動物や細菌等の微生物が侵入可能な環境で行われており,さらに,培養水中にはワムシの糞や残餌等の餌となる有機物が豊富にあり,微生物が増殖しやすい環境となっているからです。これらの微生物は,培養槽内で出現する種類や数を変化させながら,ワムシとは共存,競合しあう複雑な微生物生態系を構成しています。
 このような微生物生態系の中でワムシ培養が行われているということを理解しておきましょう。
 ワムシ培養槽内の微生物−1.原生動物

 ワムシ培養水中に出現する原生動物(鞭毛虫や繊毛虫)は様々ですが,その中でもよく見られるものは,ユープロテス(Euplotes )とツリガネムシ(Vorticella )です。

ユープロテス(Euplotes sp.)
通常は数10μmで,大型のタイプは約100μmに達する。活発に遊泳する。
ツリガネムシ(Vorticella sp.)
群体を形成する。遊泳が緩慢であるため,通気を止めると水槽底に沈む。
付着性の原生動物(名称は不明)
ワムシの体や卵の表面に付着する。
チグリオプス(Tigriopus sp.)
100μmを超える大型のプランクトン。使用海水の消毒やフィルター濾過で混入を防止できる。
 これらの原生動物の多くは,新鮮な藻類や酵母はほとんど食べず,品質が劣化した藻類や酵母,ワムシの糞やバクテリアフロック等を主に食べます1,2)。ただ,原生動物が食べるこれらの餌料はワムシも食べるため,ワムシとは餌料をめぐる競合関係にあります。
 種苗生産現場で,ワムシの培養不調時に原生動物が大量発生することがあります。これは,何らかの阻害要因によってワムシの状態が悪化して培養水中に食べ残し餌料が大量に残り,この食べ残し餌料を利用して原生動物が爆発的に増えるためと推察されます。
 当然のことながら,ワムシの食べ残し餌料が少なければ原生動物は個体数を増やすことができません。ですから,良質な餌料を適切な方法で適量給餌して,ワムシを良好な増殖状態で維持させることが,原生動物の大量発生を抑制する最も効果的な手法と考えられます。

 最も警戒しなければいけない原生動物は,太陽虫(Oxnerella maritima )です。太陽虫はワムシを直接死滅させて増殖不良を引き起こすことが報告されています3)
 また,ツリガネムシが大量発生すると,収穫ネットが目詰まりし,収穫作業に時間を要してネット内のワムシが衰弱することがあるので,注意しましょう。
参考文献
1)Cheng,S.H.(1997) Studies on the function of protozoa in the culture of marine rotifer.東京大学農学生命科学研究科 平成8年度博士学位論文.pp.172.
2)Ushiro,M.,A.Hino,and M.Maeda (1998)A growth rate and feed habit analysis of the ciliate Euplotes sp. contaminating a mass culture of the rotifer Brachionus plicatilisMicrobes and Environments13,85-91.
3)Cheng,S.H.,T.Suzaki and A.Hino (1997)Lethality of the heliozoon Oxnerella maritime on the rotifer Brachionus rotundiformisFisheries Science63,543-546.






 太陽虫(Oxnerella sp.)
 10μm。放射棘を有し,ワムシと接触することで
 毒物がワムシ体内に入り,
 死亡すると推定されている。

 ワムシ培養槽内の微生物−2.細菌

 ワムシ培養水中の細菌数は106〜108CFU/mlです。これは外洋の海水中の細菌数が104CFU/mlなので,その100倍から1万倍に当たります。また,ワムシ体内の細菌数は107〜109CFU/gと,膨大な数であることが知られています4-6)
 ワムシ培養槽内に出現する細菌には,ワムシの餌料になるもの(単体では小さすぎるため,フロック化したものを食べると推察されています。Psudomonas 属細菌に利用されるものが多い)7)やワムシの増殖に必須なビタミンB12を産生するもの8)等の有益なものもあります。
 一方,ワムシの培養不調を引き起こすVibrio alginolyticus 9)や色素産生菌7)等のワムシ培養に有害なものも数多く存在します。これらの細菌は複数種が混在しており,立地条件や季節ならびに培養経過等によって,培養槽内で優占する種類が変化することが知られています(図2,3)5)






 残念ながら,現状のワムシ培養方法では,培養槽内でワムシの増殖を阻害する細菌を制御する技術がないため,細菌に起因する培養不調はいつでも起こりうると考えられます。
 また,さらに問題なのは,ワムシを介して仔魚の飼育槽へ持ち込まれる細菌の中には,飼育仔魚に細菌性疾病を引き起こすものが存在することです。Vibrio ichtyoenteri によるヒラメの細菌性腸管白濁症10,11)V.alginolyticus 等によるタイ類の腹部膨満症12-14),およびV.anguillarum によるアユのビブリオ病15,16)等がその例です。

 ワムシ培養過程で,増殖阻害細菌による培養不調が生じた際には,培養環境を変える(水温,塩分及びpHを変化させる)ことで状態が回復する事例もありますが,確実性に欠けます。
 今後,ワムシをさらに安定的に培養し,餌料としての品質を高めるためには,ワムシ培養槽内の細菌叢をワムシの増殖に適した状態に制御する技術の開発が必要です。

4)林 孝一郎,木村俊夫,菅原 庸(1975)アユの人工種苗生産における微生物的研究−III,シオミズツボワムシ及びタマミジンコの細菌汚染.三重大水産学部研報,2,81-91.
5)宮川宗記,室賀清邦(1988)シオミズツボワムシBrachionus plicatilisの細菌叢.水産増殖,35,237-243.
6)岡 彬(1989)4-7 生物環境 1) 細菌.初期餌料生物−シオミズツボワムシ(福所邦彦・平山和次編),恒星社厚生閣,東京,pp.34-36.
7)安田公昭,多賀信夫(1980)餌料細菌を用いるシオミズツボワムシの培養.日水誌,46,933-939.
8)Yu,J.P.,A.Hino,M.Ushiro,and M.Maeda(1989)Function of bacteria as vitamin B12 producers during mass culture of the rotifer Brachionus plicatilis.Nippon Suisan Gakkaishi, 55,1799-1806.
9)Yu,J.P.,A.Hino,T.Noguchi,and H.Wakabayashi(1990)Toxicity of Vibrio alginolyticus on the survival of the rotifer Brachionus plicatilis. Nippon Suisan Gakkaishi56,1455-1460.
10)増村和彦,安信秀樹,岡田直子,室賀清邦(1989)ヒラメ仔魚の腸管白濁症原因菌としてのVibrio sp.の分離.魚病研究,24,135-141.
11)Ishimaru,K.,M.Akagawa-Matsushita,and K.Muroga (1996) Vibrio ichthyoenteri sp. nov.,a pathogen of Japanese flounder larvae. Int.J.Syst.Bacteriol.,46,155-159.
12)岩田一夫,矢野原良民,石橋 制(1978)マダイの種苗生産過程におけるへい死要因に関する研究.魚病研究,13,97-102.
13)楠田理一,横山 淳,川合研児(1986)クロダイ仔稚魚のいわゆる腹部膨満症に関する細菌学的研究.日水誌,52,1745-1751.
14)安信秀樹,室賀清邦,丸山敬悟(1988)マダイ仔魚の腸管膨満症に関する細菌学的検討.水産増殖,36,11-20.
15)田端和男,柄多 哲,M.S.Ruiz(1982)海水によるアユ種苗生産時の病害研究−II.Vibrio anguillarumの動態.魚病研究,17,205-212.
16)田谷全康,室賀清邦,杉山瑛之,平本義春(1985)種苗生産過程の仔稚アユからのVibrio anguillarumの検出.水産増殖,33,59-66.

 第5回のまとめ

・ ワムシ培養は,ワムシや原生動物及び細菌等が共存する

 複雑な微生物生態系の中で成り立っている

・ ワムシ培養槽内に出現する原生動物や細菌は,

 立地条件や季節,培養経過等によって優占する種類が変化する。



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