独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
ワムシ講座
 第9回 ワムシの栄養強化 2010.9.15掲載
 当初,ワムシの培養用餌料には微細藻類のナンノクロロプシスが使われていましたが,ナンノクロロプシスは光合成で増殖するため,培養が天候に左右され,量が不足しがちなのが問題でした。しかし,1970年代初めに,それに替わる餌料として大量入手できる市販のパン酵母1)が導入され,ワムシの大量培養ができるようになりました。
 ところが,パン酵母を与えて培養したワムシを飼育仔魚に与えると,仔魚に奇形が発生したり,大量に死亡するといった事例が頻発し2,3),ワムシの質に栄養的な欠陥があると考えられました。

 この対策として,種苗生産現場で,パン酵母を与えて培養したワムシにナンノロロプシスを与えて培養してから飼育仔魚へ与えてみたところ,問題が改善されることがわかりました2,4)。これが,魚に必要な栄養をワムシに添加する“ワムシの栄養強化”のはじまりです(図9参照)。

 その後の研究で,パン酵母で生産したワムシには海産仔魚の必須脂肪酸であるエイコサペンタエン酸(EPA)が含まれておらず,EPAの欠乏症により仔魚に奇形や大量死亡が起こること5),ナンノクロロプシスにはEPAが豊富に含まれており,それをワムシが食べるとワムシのEPA含量が高まること(餌料由来の脂肪酸がワムシの脂肪酸に反映される)3)などがわかりました。
 さらに栄養学的な研究が進み,海産仔魚の成育には,EPA以外にドコサヘキサエン酸(DHA)も不可欠であり6,7),ビタミン類8)やアミノ酸9)などの重要性も明らかにされました。
 これを受けて,様々な種類の栄養強化剤が開発され,種苗生産現場で利用されるようになりました。近年のワムシ培養で主餌料になりつつある市販の濃縮淡水クロレラには,EPAやDHAなどn-3系の高度不飽和脂肪酸(n-3HUFA)が含まれていないので,これらの含量を高めるために,現在も多くの種苗生産現場でワムシの栄養強化が行われています。
1)平田八郎, 森 保樹(1967)食用イースト給餌によるしおみずつぼわむしの培養. 栽培漁業, 5, 36-40.
2)隅田征三郎,尾脇満雄,浦田勝喜(1974)マダイ・イシダイ仔魚の飼育過程での大量へい死について.昭和48年度熊本水試事業報告書, 373-382.
3)北島 力,耕田隆彦(1976)酵母培養ワムシがマダイ仔魚に与える影響とクロレラの効果. 長崎水試研報, 2, 113-116.
4)北島 力,藤田矢郎,大和央人,米 康夫,渡辺 武(1979)クロレラで二次培養したパン酵母ワムシの餌料効果. 日水誌, 45, 469-471.
5)渡辺 武,北島 力,荒川敏久,福所邦彦,藤田矢郎(1978)脂肪酸組成からみたシオミズツボワムシの栄養価. 日水誌, 67, 1109-1114.
6)竹内俊郎(1991)魚類における必須脂肪酸要求の多様性.化学と生物.29,571-580.
7)Watanabe,T.,M.S.Izquierdo,T. Takeuchi,S. Satoh and C. Kitajima (1989) Comparison between eicosapentaenoic and docosahexaenoic acids in terms of essential fatty acid efficacy in larval red seabream. Nippon Suisan Gakkaishi, 55, 1635-1640.
8)三木教立,谷口朝宏,浜川秀夫,山田幸男,桜井則広(1990)ビタミンA投与ワムシ給餌によるヒラメ白化防除. 水産増殖, 38, 147-155.
9)朴 光植,竹内俊郎,青海忠久,横山雅仁(2001)飼料中のタウリンがヒラメ稚魚の成長および魚体内のタウリン濃度に及ぼす影響. 日水誌, 67, 238-243.
 ワムシの栄養強化法

 ワムシの栄養強化法は,種苗生産機関によって飼育する魚種や培養しているワムシの種類が異なり,また,立地条件や水槽の規模,設備などが違うため,それぞれの現場にあった方法がとられています。
 傾向としては,市販の栄養強化剤を使用して,栄養強化槽には1kl水槽を用い,ワムシ密度はS型で500〜1,000個体/ml,L型で300〜500個体/mlの範囲で,前日の夕方から翌朝までの期間(朝の給餌用)と,当日の朝から夕方までの期間(夕方の給餌用)の1日2回に分けて栄養強化を行う,という方法をとっているところが多いようです。

 図9に,能登島栽培漁業センターのワムシの栄養強化法を示しました。
 大量培養槽(25kl水槽)からL型ワムシを収穫した後,1kl水槽にワムシ密度が500個体/mlになるように収容し,そこに栄養強化剤を製造・販売会社の使用基準に基づいた量を添加して,17時間の栄養強化(前日の夕方4時〜翌日朝9時まで)を行っています。

 栄養強化前後のワムシの一般成分と脂肪酸組成

 表7に,能登島栽培漁業センターの栄養強化前後のL型ワムシの一般成分と脂肪酸組成を示しました。
 栄養強化によって,一般成分では,強化前に比べて脂質が高くなり,脂肪酸組成では,強化前には認められなかったEPAやDHAが,強化後には共に約1.2g/100g(乾物換算)まで高くなり,n-3HUFA含量(C20:5n-3,C22:5n-3,C22:6n-3の合計値)も約2.7g/100g(同)まで向上しました。
 通常,ワムシのn-3HUFA含量が3〜4%(乾物換算)程度あれば,マダイやヒラメ,トラフグなどの種苗生産対象魚種の要求量を満たしている10)と考えられています。能登島栽培漁業センターの栄養強化後のワムシは,その条件をほぼ満たしています。

10)高橋隆行(2000)栄養強化の目標値と配合飼料給与のメリット. アクアネット, 5, pp52-55.
 栄養強化の留意点

 残念なことに,種苗生産機関によっては,せっかく栄養強化を行っても担当者の勘違いや不適切な培養管理がもとで,栄養強化中のワムシを衰弱・死亡させてしまったり,強化した後にもかかわらず栄養価がほとんど改善されていなかったり,といった“栄養強化の失敗”がしばしば認められるようです。高価な栄養強化剤を使用して,わざわざワムシの餌料価値を低下させてしまうようでは話になりません。

 以下にワムシの栄養強化を効果的に行うための留意点をまとめてみました。

1) 栄養強化剤の撹拌方法が間違っており{淡水で撹拌しなければならない強化剤を海水で撹拌したり,撹拌時間が不十分で強化剤の粒子がワムシの摂餌可能な微小サイズ(第3回参照)になっていないなど},ワムシが強化剤を摂餌することができない11)
 ⇒ 栄養強化剤は正しく使用する。

2) 栄養強化槽に一次培養で使う餌料(淡水クロレラ)と栄養強化剤を混在させると,ワムシは慣れた餌を好むため,淡水クロレラだけを摂餌して,栄養強化剤をほとんど摂餌しない場合がある12)
 ⇒ 栄養強化槽には栄養強化剤のみを添加する。

3) 培養槽と栄養強化槽の間で,水温と塩分の環境が大きく異なると,栄養強化槽に収容した直後に,環境差の影響を受けてワムシが衰弱する場合がある13,14)
 ⇒ 水温差は5℃以内,塩分は26psu(80%希釈海水)から33psu(全海水)程度の環境差に抑える第2回参照)

4) 栄養強化剤を一度に添加すると,添加直後に溶存酸素濃度の急激な低下が起こり,ワムシが一時的に衰弱する15)
 ⇒ 強化剤の添加を複数回に分ける,もしくは連続的に添加する。

5) 増殖状態が思わしくない(増殖率が低下している)ワムシには栄養強化の効果が見られない16)
 ⇒ 常に良好な増殖状態のワムシを栄養強化し,増殖率が低下しているようなワムシは栄養強化しない。つまり餌として使用しないことが肝要!
11)吉松隆夫,林 雅弘(1997)高密度培養ワムシの栄養強化技術(上). 養殖, 32, pp76-78.
12)吉松隆夫,林 雅弘(1997)高密度培養ワムシの栄養強化技術(下). 養殖, 34, pp119-121.
13)Fielder,D.S.,G.J.Purser and S.C.Battaglene (2000) Effect of rapid changes in temperature and salinity on availability of the rotifers Brachionus rotundiformis and Brachionus plicatilis. Aquaculture, 189, 85-99.
14)友田 努,小磯雅彦,島 康洋(2008)シオミズツボワムシ培養水温がヒラメ仔魚飼育に及ぼす影響. 日水誌, 74, 625-635.
15)小磯雅彦,島 康洋,日野明徳(2007)栄養強化剤の連続添加がワムシの回収率と栄養価に及ぼす影響. 栽培技研, 34, 89-92.
16)友田 努,小磯雅彦,陳 昭能生,竹内俊郎(2006)増殖ステージの異なるワムシを摂餌したヒラメ仔魚の発育と形態異常の出現. 日水誌, 72, 725-733.

 ワムシの栄養強化にはこれらの留意点以外にも,強化剤の種類や添加量,ワムシの種類や培養密度など17),様々な条件が関与しており,条件が異なれば栄養強化の結果も大きく変化します。
 種苗生産機関のみなさんも,現在行っているワムシの栄養強化法が適切かどうか診断するために,一度,強化後のワムシの脂肪酸分析を行い,栄養価を確認してみることをおすすめします。
17)高橋隆行(2000)生物餌料の栄養強化を左右するもの. アクアネット, 3, pp50-54.
 第9回のまとめ

・ 飼育仔魚の成育に不可欠なEPAやDHAなどの高度不飽和脂肪酸を

  給餌前のワムシに取り込ませて,ワムシの餌料価値を高めよ。

・ 今の栄養強化法で問題ないか,

  強化後のワムシの脂肪酸分析を行って,栄養価を確認せよ。




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