独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
ワムシ講座
 第2回 培養水温と塩分 2010.2.15掲載
 ワムシ増殖に適正な水温と塩分

 培養水温と塩分は,ワムシの増殖能力を決定する要素であるため,培養条件の中でも特に重要です。

 まず,水温ですが,S型ワムシは水温20℃から増殖し始めて至適水温は30℃付近です。また,L型は10℃から増殖し始め,至適水温は20〜25℃です。つまり,S型は高温に,L型は低温に適しています1,2)
 ただ,最近ではL型でも至適水温が30℃付近でも培養可能なタイプ3)も見つかっています。これには培養技術の向上や餌料品質の改善等が関与しているのかもしれません。

 一方,塩分については,ワムシは急激な変化でなければ塩分に対する順応性は高く,1〜97psu の広い塩分範囲に耐性があります4,5)
 至適塩分は S型,L型共に14psu付近6−8)(海水:淡水=4:6)です。
 海水への馴致成功によって種苗生産へ導入されたワムシですが,未だに本来の生息域である汽水域での増殖特性を保持しているようです。ちなみに,海産魚の種苗生産で利用しているワムシは,淡水では生きられません。


参考文献
1)大上皓久(1977)シオミズツボワムシの摂餌量および増殖率と培養温度との関係. 静岡水試伊豆分場だより,187,2-5.
2)伊藤史郎,坂本 久,堀 正和,平山和次(1981)系統の異なるシオミズツボワムシの形態および増殖適温. 長崎大学水産学部研究報告,51,9-16.
3)小磯雅彦(2000)4-1水温. 海産ワムシ類の培養ガイドブック,栽培漁業技術シリーズNo.6,日本栽培漁業協会,東京,12-13.
4)Epp,R. W. and P. W. Winston (1977) Osmotic regulation in the brackish-water rotifer Brachionus plicatilis (Müller). J. Exp. Biol. 68,151-156.
5)Walker,K. F. (1981)A synopsis of ecological information on the saline lake rotifer Brachionus plicatilis Müller 1786. Hydrobiologia81,159-167.
6)伊藤 隆(1960)輪虫の海水培養と保存について. 三重県立大学水産学部研究報告,3,708-740.
7)Hirayama,K. and S. Ogawa(1972) Fundamental studies on physiology of rotifer for its mass culture−I. Filter feeding of rotifer. Nippon Suisan Gakkaishi38,1207-1214.
8)小磯雅彦(2000)4-2 塩分濃度. 海産ワムシ類の培養ガイドブック,栽培漁業技術シリーズNo.6,日本栽培漁業協会,東京,13-16.
 
 仔魚飼育条件に近づけよう

 ワムシ培養のみを考慮した場合には,高増殖率が得られる高水温,低塩分の至適条件での培養が理想的ですが,このような条件でワムシ培養を行っている種苗生産機関は見あたりません。
 その最大の理由は,仔魚の飼育条件とのギャップを避けるためです。

 多くの海産魚の種苗生産は,水温は16〜22℃の範囲で海水(32-34psu)を用いて行われています。このような環境の仔魚の飼育水槽に,高水温・低塩分で培養したワムシを投入すれば,水温・塩分条件の大幅かつ急激な変化の影響を受け,ワムシは衰弱し,死んでしまいます9,10)

 衰弱したり死んでしまったワムシは,もはや餌料として用をなさないばかりか,すぐに腐敗が始まり,水質悪化を引き起こす原因となってしまいます。これを回避するために,一般的にワムシ培養の水温と塩分は,種苗生産水槽の飼育条件に近づけているのです。

 水温変化はワムシの運動性や代謝機能等に,塩分変化はワムシ体内の水分含量(高塩分に曝された場合には浸透圧により体内の水分含量が低下する)に直接影響します
 では,どの程度の水温差,塩分差ならばワムシに影響がないのでしょうか?
 これには様々なパターンがあり一概には言えませんが,水温に関しては,ワムシの増殖可能な水温範囲内(仮にS型であれば20℃〜30℃の範囲内)における5℃以内の変化11),塩分に関しては,26psu(80%希釈海水)から32-34psuの海水への変化12)であれば,比較的影響は少ないものと思われます。

 通常,種苗生産現場では,ワムシを仔魚に与える前に,ワムシに仔魚の発育に不可欠な栄養成分(EPA,DHAなどのn-3系高度不飽和脂肪酸)を取り込ませる,いわゆる“栄養強化”をします。
 この栄養強化の段階(6時間から17時間程度の培養)で培養水槽と飼育水槽の中間的な条件を取り入れ,ギャップを緩和するのも有効な手法です。


 
正常なワムシ(写真左)と高塩分で変化したワムシ(写真右)
高塩分に曝されたワムシ(写真右)は浸透圧の影響を受けて運動性がなくなり、体躯と卵が変形します。

9)Lubzens,E. (1987)Raising rotifers for use in aquaculture. Hydrobiologia147,245-255.
10)Øie,G. and Y. Olsen(1993) Influence of rapid changes in salinity and temperature on the mobility of the rotifer Brachionus plicatilis. Hydrobiologia255/256,81-86.
11)Fielder,D. S. ,G. J. Purser and S. C. Battaglene(2000)Effect of rapid changes in temperature and salinity on availability of the rotifers Brachionus rotundiformis and Brachionus plicatilis. Aquaculture189,85-99.
12)小磯雅彦,日野明徳(2001)培養水の塩分がシオミズツボワムシの増殖,培養コスト,栄養強化に及ぼす影響. 水産増殖,49,41-46.















 参考 培養条件ごとのワムシの増殖率

 培養条件ごとのワムシの増殖率は,ワムシ培養を計画するにあたり重要な情報となります。
 参考までに,培養水温・塩分で変化するワムシの増殖率を,S型(岡山株)とL型(近大株)を例として表1に示します。
 なお、日間増殖率は以下の式で計算します。

  日間増殖率(%)={(当日のワムシ密度)−(前日のワムシ密度)}/(前日のワムシ密度)×100




 この表から,ワムシの増殖能力が水温と塩分で大幅に変化することや,高水温の条件下ではS型はL型に比べて2倍近い増殖能力があることがわかります。
 なお,このデータは産仔能力の高い若齢個体を用いた実験なので,実際の大量培養ではこの数値の7割程度になる場合(例えば,水温20℃,塩分20psu,L型ワムシの場合では,大量培養での日間増殖率が50%前後になる)もあります。
 それぞれの現場で,日間増殖率が表1の数値よりも大幅に低い場合には,培養方法や管理手法等に何らかの問題があるのかもしれません。
 第2回のまとめ

・ 至適水温がS型は30℃付近,L型は20〜25℃であるため,

  S型は高温に,L型は低温に適している。

・ ワムシ培養の水温と塩分は,
  対象となる仔魚の飼育条件に近づけよ。




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