独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
ワムシ講座
 第1回 なぜ,ワムシなのか? 2010.1.14掲載
 ワムシって何?

 ワムシ(英名 rotifer)は,輪形動物門単生殖巣綱に属する生物の総称で,その種類は約2000種が知られています。
 その中で海産魚の種苗生産の初期餌料として不可欠な存在となっているのがシオミズツボワムシBrachionus plicatilis sp.complex(以下ワムシ)です。

 写真の小さいほうのワムシがS型です。形状は円形に近く前縁部の突起が鋭角で,大きさ(背甲長)は80〜220μmです。

参考文献
1)Suatoni,E. ,S. Vicario,S. Rice,T. W. Snell and A. Caccone (2006)An analysis of species boundaries and biogeographic patterns in a cryptic species complex: The rotifer-Brachionus plicatilis. Molecular Phylogenetics and Evolution,41,86-98.
シオミズツボワムシ。S,L混合 
 一方,大きいほうのワムシはL型です。形状はつぼ形で前縁部の突起が鈍角で,大きさは130〜320μmです。

 ワムシの寿命は7〜14日間で,その間に20個前後の卵を産みます。
 ワムシは,遺伝子レベルでは14種以上に分類される複合種1)で,形態的な違いからSS型,S型,L型の3グループに大別されています2−4)
2)Fu,Y. ,K. Hirayama and Y. Natukari(1991) Morphological differences between two types of the rotifer Brachionus plicatilis O. F. Müller. J. Exp. Mar. Biol. Ecol. ,151, 29-41.
3)Fu,Y. ,K. Hirayama and Y. Natukari(1991) Genetic divergence between S and L type strains of the rotifer Brachionus plicatilis O. F. Müller. J. Exp. Mar. Biol. Ecol. , 151,43-56.
4)Kotani,T. ,A. Hagiwara,T. W. Snell and M. Serra (2005) Euryhaline Brachionus strains(Rotifera)from tropical habitats: morphology and allozyme patterns. Hydrobiologia,546,161-167.
 きっかけは養鰻池の悲劇

 ワムシが海産魚の種苗生産の初期餌料に導入されるようになったのは,ひょんなことでした。
 ある夏,汽水の養鰻池でプランクトンが大発生したために,ウナギが死んでしまいました。ウナギが死んでしまうほど大量発生したのはワムシで,このワムシに注目したのが三重県立大学の伊藤隆 教授でした。
 伊藤教授はワムシが海水馴致できること,微細藻類で培養できること等を調べ,海産魚の種苗生産の初期餌料への利用を提案5)しました。

5)伊藤 隆(1960)輪虫の海水培養と保存について. 三重県立大学水産学部研究報告,3,708-740.
 当時の種苗生産現場では,初期餌料に二枚貝幼生や天然コペポーダ類を用いていました。二枚貝幼生や天然コペポーダ類は安定的かつ量的に確保することが困難なため,マダイの種苗生産は数100尾にとどまり,大量培養できる餌料生物が切望されていたのです。そのような背景もあって,伊藤教授の提案したワムシはすぐに種苗生産現場に受け入れられました。
 幸いにも,ほぼ同時期にワムシの培養用餌料である“海産クロレラ6)”(多くはナンノクロロプシス)が発見され,さらに海産クロレラの代替餌料である“パン酵母7)”が採用されて,安定的なワムシの大量培養ができるようになっていったのです。
6)平田八郎(1964)屋島事業場における餌料生物の培養(その1). 栽培漁業ニュースNo.2,瀬戸内海栽培漁業協会,神戸,p.3-4.
7)平田八郎,森 保樹(1967)食用イースト給餌によるしおみずつぼわむしの培養. 栽培漁業,5,36-40.
 その後,栄養学的な研究として,EPAやDHA等の高度不飽和脂肪酸の必要性が科学的に明らかにされ,質的な改善も行われました8,9)。また,1990年以降には品質安定した市販の“濃縮淡水クロレラ10)”が導入され,培養技術は飛躍的に進歩しました。

 ワムシを用いた種苗生産技術が開発されたことで,1970年代には1機関あたり100万尾を超えるマダイ種苗生産が可能となり,現在では36種類の種苗生産対象魚種の初期餌料として広く利用されています。世界をリードする我が国の海産魚の種苗生産技術には,この小さな動物プランクトンが大きく貢献したことは言うまでもありません。
8)渡辺 武,北島 力,荒川敏久,福所邦彦,藤田矢郎(1978)脂肪酸組成からみたシオミズツボワムシの栄養価. 日水誌,44,1109-1114.
9)渡辺 武,大和史人,北島 力,藤田矢郎,米 康夫(1979)シオミズツボワムシBrachionus plicatilisの栄養価とω3高度不飽和脂肪酸. 日水誌,45,883-889.
10)Maruyama,I. ,Y. Ando,T. Maeda and K. Hirayama(1989)Uptake of Vitamin B12 by various strains of unicellular algae Chlorella. Nippon Suisan Gakkaishi,55,1785-1790.
 ぴったりすぎるその特性

 ワムシが海産魚の種苗生産に導入されてから約半世紀が経過しても,未だに不可欠な存在であり続けるには理由があります。
 海産仔魚の初期餌料に求められる条件については,

1. 仔魚の口径,咽頭径に見合った大きさであること
2. 形状が単純,かつ壊れやすいこと
3. 消化吸収されること
4. 大量培養が容易にできること
5. 十分な栄養価があること
6. 飼育水を悪化させないこと
7. 仔魚の摂餌生態に合致していること

11−13)が挙げられています。

 ワムシは,大きさが0.1〜0.3mmで運動性があること,大量培養ができること,培養用餌料によって栄養価の改善ができること,消化能力の低い仔魚でも消化吸収できること(仔魚の咽頭部を通過する際に,ワムシの形が壊れて中身の水溶性のコロイド状タンパク質である細胞の原形質が押し出される)等,上記の初期餌料に求められる条件を全て備えています。
 なお,ワムシの代替餌料として微粒子配合飼料の開発も行われていますが,仔魚の摂餌生態や消化吸収等の点で課題が残り,未だに実用化レベルには至っていません。


 このようにして,ワムシはいくつかの偶然が重なって海産魚の種苗生産に導入されたわけですが,海産魚の初期餌料としては申し分ない,非常に優れた特性を有する餌料生物なのです。
 しかしながら,培養する者の理解が足りないばかりに,ワムシの優れた特性が生かされず,培養不調となっている状況がしばしば認められます。

 高品質なワムシ生産を目指すなら,まずワムシへの理解を深めるのが第一歩です。さあ,これから楽しく学習していきましょう。
11)平野礼次郎,大島泰雄(1963)海産動物幼生の飼育とその餌料について. 日水誌,29,283-293.
12)藤田矢郎(1973)魚類種苗生産の初期餌料としてのプランクトンの重要性. 日本プランクトン学会報,20,49-53.
13)日野明徳,平野礼次郎(1975)輪虫の生活史−とくに両性生殖誘導要因について. 化学と生物,13,516-521.
 第1回のまとめ

・ワムシは海産仔魚の初期餌料として必要な条件を備えた

 動物プランクトンである。

・ワムシがなければ,海産魚の種苗生産技術が
 飛躍的に発展することはなかった。



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