独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.30 トラフグ栽培漁業の舞台裏 (1)
2008.08.07
すべては信頼作りから始まった 宮津栽培漁業センター 町田 雅春
 南伊豆栽培漁業センターと東海三県は、伊勢・三河系群と呼ばれるトラフグを対象に、栽培漁業の研究開発に取り組んできました。現在では東海三県のトラフグ放流事業は放流から効果の実証までの技術を確立し、 栽培漁業の優等生として認められるようになっています。

 日栽協南伊豆事業場(現在の南伊豆栽培漁業センター)が取り組みを開始した当時の某理事の、「我々の仕事は県の事業が順調に進むように支えて行くのが最大の役目である」との言葉に感激し、わたしはなんとかそのような仕事をしたいと願いながら、やってきたつもりです。
 今となっては懐かしい思い出となったこの事業の道のりは、関係者のみが知る、論文には書けない苦労がたくさんありました。そして、それはトラフグだけでなく他の栽培対象魚種の研究開発を行う上でも参考になるのではないか、今後の栽培を目指す関係者に、大切なことをたくさん伝えることができるのではないかと思い、さいばいコラムに数回に分けて紹介することにしました。
トラフグ
はじめに
 平成4年から静岡、愛知、三重の東海三県がトラフグ資源管理型漁業調査(県単独の予算で実施している事業)を行った結果、東海三県で漁獲されるトラフグは伊勢湾口の三重県安乗沖に産卵場を有する独立した系群*(伊勢・三河系群)であることが明らかになりました。
 さらに、種苗放流によってトラフグ資源の安定を目指そうと、水産庁の補助事業として平成7〜11年度には三県共同でトラフグ放流技術開発事業を行い、ひきつづき平成12年度からは、トラフグ資源増大開発事業としてトラフグの栽培漁業技術開発を進めてきました。

 平成12年度から南伊豆事業場はこれらの三県と協力し「都道府県が実施する栽培漁業の現場定着を支援する技術開発」(先に述べた某日栽協理事の言葉通りの事業です)の中で、トラフグの種苗生産と放流に関する二つの技術開発課題に取り組むことになりました。そして、当時、南伊豆事業場に勤務していたわたしと成生さんがトラフグの担当となりました。
*系群とは他の海域の群れとは遺伝子や体形・鰭の数、産卵場などが異なる群れのことを云います。
いい親魚を求めて
 種苗生産を成功させるには、質の良い受精卵をいつでも確保できるようにしておかなければいけません。他の系群と遺伝的な混じり合いを避けるため、卵を採る親魚には伊勢・三河海域で漁獲されたトラフグを用いる必要がありました。
 当時、三重県尾鷲栽培漁業センターは4月中旬から5月初旬に伊勢湾口付近に産卵のために来遊する成熟したトラフグを捕らえて親魚とし、その親トラフグから卵を採り、人工授精をして種苗生産に用いていました。わたしたちもそれにならって成熟した親魚から卵を採るつもりでした。
 しかし、この海域に来遊するトラフグは年々減少傾向にあり、安定的にいい親魚を確保することは難しそうです。そうなると、受精卵を得るためには、産卵期前の若いトラフグを入手して、わたしたちが育て、成熟してから卵を採る方法しかありません。
 トラフグの漁期は10月から翌年の2月末までなので、この時期に捕らえられた雌のトラフグを入手し、 3〜6ヶ月育てて成熟させ、卵を採ることにしました。
漁業者との関係作りとトラフグ漁
 採卵用の親魚は浜名漁協で集めることにしました。まず、静岡県水産技術研究所浜名湖分場のトラフグ担当者に、トラフグの延縄漁業を行っている浜名漁協を紹介してもらいました。
 浜名漁協のトラフグ漁獲量は静岡県内でトップであり、漁協組合長は静岡県ふぐ漁組合連合会の会長でもあります。浜名漁協の職員さんが漁業者とわたしたちとのパイプ役となってくれました。

遠州灘の夜明け
 延縄漁業の後継者は漁業士会*に所属し、トラフグ栽培漁業の機動力となっています。トラフグ親魚を集めるにはこのような方達の協力を得ることが、最も重要なことだろうと考えました。
 漁業士である後継者は親子船(漁業後継者のいる船)で操業しています。わたしたちは、親子船の漁に同行させてもらい、漁船名と漁業者の名前、それに顔を覚え、同時に漁業者達にも自分たちの顔と名前も覚えてもらうことにしました。
 まず、このことを延縄漁の世話人(浜名漁協のトラフグ延縄漁業者の選挙で決められた責任者です)に相談してみました。すると、うれしいことに 親子船を中心に幾つかの漁船にのせてもらえることになりました。



*漁業士会とは国の制度事業として、地域漁村振興及び漁村生活の向上等の助言や指導を行う、
いわば地域のリーダー的役割を担う漁業者に対して「漁業士」の称号を付与し、
優秀な後継者を育てて行こうとする会で、各都道府県にあります。
上:延縄漁船 下:延縄漁(親子船)
 遠州灘の延縄漁は一鉢(長い釣り糸を絡まないようにきれいに巻いて納めているカゴのことです)に80本の釣り針があり、それを1回の投縄(海に釣り糸を入れること)で8鉢(全部で釣り針は640本!)入れ、1日2回縄を入れます。
 漁業者は狭い漁場を公平に利用するために、くじ引きで漁をする場所を決めます。そして、全ての漁船が水深を基準として、2尋間隔(尋:両手を広げた長さ)で等深線上に縄を入れて操業を開始します。したがって、漁船同士は非常に狭い間隔で縄を入れることになりますが、その間隔がほんの10mのずれでも、釣れる量に影響する位に微妙で、縄を入れる水深が漁の明暗を分けます。
延縄の鉢
左:漁場で操業開始の合図を待つ漁船
右:レーダーに写った漁船(漁場に船が整列しているのがわかります)
 そんな神経を使うところへ、わたしたちのようなおじゃま虫が乗船して、もしも豊漁となればわたしたちは福の神となりますが、反対に不漁になれば、お前たちが乗ってきたからと、気まずい思いをすることは覚悟しなければなりません。
 しかし、ありがたくも10数隻もの親子船に乗り込み、漁に同行させてもらうことができました。
 そしてその結果、ようやく、どの方とどの方が親子かがわかるようになりました。

 このようにして、徐々にですが漁業者との関係を築けるようになりました。
 次回は実際にトラフグ親魚を入手するときの苦労話を紹介します。

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