独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.32 トラフグ栽培漁業の舞台裏 (2)
2008.08.22
前回のお話:さいばいコラムNo.30 トラフグ栽培漁業の舞台裏 (1)→
簡単じゃなかった親魚の確保 宮津栽培漁業センター 町田 雅春
トラフグ親魚の入手まで
 南伊豆栽培漁業センターがトラフグの栽培漁業に取り組むことになり、張り切って臨んだ初年度、平成11年の漁期は残念ながらトラフグ漁が不漁であったため、水揚げされてくるトラフグの数は限られていました。通常でも高価なトラフグの価格は、2〜4kg物で5万円以上にまで跳ね上がっていました。
 しかし、放流試験を進めるためには、何としてでも種苗生産に必要な数だけトラフグの親魚を確保しなければなりません。そこで、「困ったときに頼れる」浜名漁協の職員の方に相談しました。
 その結果、まず、「延縄漁業者に自分たちの役割や目的を説明し、協力をお願いしよう」ということになったのですが、新参者のわたしたちが直接話を持っていっても相手にしてもらえそうにありません。
 トラフグ親魚
 そこで、当時トラフグ延縄漁の世話人をしていたSさんに事情をお話しして、わたしたちの代わりにトラフグ栽培漁業の役割や目的、親魚の入手方法などについての説明をお願いすることにしました。
 某月某日、忙しい中にもかかわらず、トラフグ漁業者約50名の方が集会所に集まってくれました。
「南伊豆栽培漁業センターがトラフグ資源を増やすことを目的として、東海三県と協力してトラフグの種苗生産をする。そのために必要なトラフグ親魚を集めるのに協力して欲しい。釣り針による傷が小さいフグは生き残る可能性が高いので、歯を切らずに1尾ずつカゴに入れて活かして欲しい」
と言った内容で、Sさんが説明してくださいました。
 お願い
 フグは強靱な鋭い歯を持っています。そのため、フグ同士で噛み合いをしてしまうと、見た目が悪くなり、高価なはずのフグの値が下がってしまいます。そこで通常、漁業者はトラフグ同士の噛み合いを防ぐために、釣れたフグの前歯をペンチで切っています(チョットかわいそうな気もしますが)。
 しかし、わたしたちがトラフグを親魚として数ヶ月活かしておくためには、餌を与えなければならず、歯のないフグは当然餌が食べにくくなるため、途中で死んでしまうこともあります。それで、「歯を切らずに1尾ずつカゴに入れて」というようなお願いをしたのですが、このことが後になって大変な問題を引き起こすことになるとは、全く想像も付きませんでした。
釣り針を外す前のトラフグ
トラフグ親魚の活け込み (活け込み:活魚で入手すること)
 午前4時50分、出漁するとの世話人からの電話を受けたわたしたちは、すぐに伊豆にある下田の自宅を出発しました。舞阪にある浜名漁協には10時到着。活け込んだトラフグを栽培センターまで持ち帰り、水槽へ収容するなど、すべての作業が終了したのは夜8時。その後、仮眠を取るために家に帰り、また世話人からの電話を待つという毎日でした。

 漁から帰ってきた漁船が港に係留されると、わたしたちはすぐ船に乗り移り、まずトラフグの口の中の傷を調べます。通称「ベロ」という部分が釣り針で裂かれているトラフグは、活け込んだ後に死亡してしまうことが多いのです。傷の少ないトラフグを選び、長さ80cmのプラスチック製のカゴに入れ、漁協職員の待つ計量場まで走ります。そこで計量してもらった後、そのまま活魚用のトラックまで運びます。
 購入するトラフグの数だけこの作業を繰り返します。数隻の漁船が連続して帰港すると、それはもう大変でした。
  1日の漁模様や漁獲されたトラフグの成熟の度合いなどにもよりますが、通常、雌雄合わせて30尾のトラフグ親魚を活け込むのに10日位の期間が必要でした。
釣り針による口内の傷とベロの位置








写真上:帰港風景
写真左:トラフグをカゴに入れる
写真右:陸揚げ

水揚げされたトラフグ(動画2MB)
別ウインドウで開きます。

 傷が大きいなどの理由で、採卵用の親魚には適さないと判断されたトラフグは、セリにかけるため、すぐにその場で歯を切られます。歯の付いているフグが1尾でもセリ用の市場の水槽に紛れ込んだら、他のフグを噛んでボロボロにしてしまうからです。
 しかし、歯を切られるのはトラフグにとって急激なストレスです。フグは怒って膨張嚢(ぼうちょうのう:膨らむお腹の部分)に海水を飲み込んで、パンパンに膨らんでしまいます。海水をお腹一杯に飲み込んでしまったフグは正確な計量ができないので、別セリとなります。
浜名漁協のトラフグのセリ風景
 通常のセリは、仲買人が水槽ごとに収容されているトラフグ全数の1kg当たりの価格で示し、最高値をつけた仲買人に競り落とされ、セリ後にトラフグの総重量を計量し、購入価格が決まります。
 別セリとは、水槽から1尾ずつ別々にセリを行うことを言います。一度大きく膨らんでしまったフグが元の状態に戻ることは、ほとんど期待できません。なんとか回復させようとして、鰓蓋(さいがい:エラぶた)から指を突っ込んだり、水槽から取り出して腹を押さえたりして、海水を吐かせようとするのですが、簡単ではありません。結局は氷でしめて(殺して)出荷される場合が多く、1尾あたりの価格も通常の活かした状態のフグに比べてかなり安くなってしまいます。
 また、1尾のフグが暴れると、連鎖的に次々と他のフグも暴れてしまい、興奮して膨らんでしまうフグも出てきます。興奮が落ち着くまでには時間が掛かり、計量やセリにかけられなくなってしまい、大変な迷惑を掛けてしまうことになります。

 今思えば、簡単に「歯を切らずに・・」なんて、よくもお願いできたものだと冷や汗が出ます。
 (トラフグ栽培漁業の舞台裏 (3)に続きます…)
水飲みフグの処置
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