独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.11  生産現場と春の便り
2007.07.13
小浜栽培漁業センター 山本 岳男
 世の中には「春の便り」とされているものには色々ありますが,サクラ前線や迷惑なところでは杉花粉の飛散情報が馴染み深いでしょうか。種苗生産の現場で働いていると,冬の水仕事は骨身にしみるため,特に春の訪れを待ちわびます。

 昨年の3月まで,筆者はさけ・ます資源管理センター天塩支所(現在は併設の天塩事業所と統合し,さけますセンター天塩事業所)で勤務していました。
 天塩支所のある美深町は,北海道の旭川市と稚内市の中間に位置し,西を天塩山地,東を北見山地に囲まれ,道北地方を北上して流れる天塩川の中流域にあります。盆地ゆえに,冬には冷え込みが厳しく,過去には-41.5℃を記録したこともありダイヤモンドダストが日常的に舞い,天塩川は全面結氷する厳寒の地でした。
 天塩支所は主に調査や技術開発,民間ふ化場への技術普及業務を行い,天塩事業所はふ化放流業務を担当するのですが,支所の職員も一緒になって事業所の仕事を行っていました。
 事業所での仕事は,秋に天塩川に回帰したサケから採卵,受精を行うところから始まります。稚魚の飼育は,臍嚢(さいのう)が体内に吸収される年明けから開始し,放流は成長して飼育池で抱えきれなくなる2月下旬頃から開始し,4月中に終了します。
 稚魚の飼育期間中の天塩川の水温は非常に低温で,3月頃までは0〜1℃程度のため,比較的水温の高い地下水を汲み上げて河川水と混合して飼育水としています。飼育池からの排水は,支流の美深川へ放水されると100mほど流れてさらに天塩川に流れ込みますが,水温が高いので放水口から天塩川の合流点までは凍ることがありません。そのため,川沿いのヤナギはどこよりも早く芽吹き,雪上をセッケイカワゲラが歩き回り,川の中にはウグイが群れ,一足早い春の便りを実感することができ,昼休み等には雪に足を取られながら,河川敷を散策していました。
写真1 天塩支所近くのスキー場で,ダイヤモンドダストに
光が反射して起こる「ライトピラー現象」が見られました

 しかし,悪い便りもやってきます。放流されたサケの稚魚を狙って,夏鳥のカワウ,アオサギ,カワアイサ等が大挙して押しかけてきます。よくぞここまで来たなと感心しつつも,せっかく放流した稚魚をバクバク食べられたのではたまらないので,鳥避けに放水路には網を張り,美深川には釣り糸にCDやビニールヒモを吊るしましたが,こんなことで挫けるウやサギではありませんでした。ところが,意外な食害防除の助っ人(と信じている)が現れました。オジロワシです。実際の効果の程は怪しいですが,オジロワシが来ると大概の鳥は逃げるので,おかげで海までたどり着けた稚魚もそれなりにいたことでしょう。5月も半ばを過ぎて放流した稚魚が海に下り食害鳥たちの姿も消えてしまうと,町にはサクラが咲いて本当の春がやってきます。


写真2 放流したサケ稚魚を鳥の食害から守るため
美深川に張った釣り糸にビニールヒモやCDを吊り下げます

写真3 美深川にやってきたオジロワシ
 さて,昨年の12月に異動してきた小浜栽培漁業センターは,福井県の南西部,若狭湾の一番奥に位置します。こちらにきてまだ半年ちょっとですが,主な仕事はズワイガニの種苗生産で,2月のふ化ゾエアの収容に始まり,4月末の稚ガニ出現で一段落します。サケと同様に冬から春にかけての水仕事ですが,水温はサケの5℃前後に対して14℃と高く,さらに今年の小浜は雪がほとんど積もらなかったため,冬らしさを感じることはあまりありませんでした。
 まだ来て間もないため,小浜に春を告げる生き物を見つけるにはしばらく時間がかかりそうですが,センターの周辺では田んぼや畑にうろうろしていたサルの群れが徐々に姿を消し,前浜で海に飛び込んでボラを捕まえていたミサゴや,たくさんいたカモも飛び去ったことが冬から春への移り変わりの指標でしょうか。また,まだ冬だろうと思っていた2月下旬に飼育水槽の階段で昆虫を見つけ,図鑑で調べたところクビキリギスという名前でした。暖冬といえども,小浜の春の訪れの早さを実感した出来事でした。

写真4 2月26日にズワイガニのふ化ゾエア幼生を
飼育水槽に収容しました
この日は暖かく,最高気温は12.8℃

写真5 写真4のゾエア収容日,飼育水槽の階段に
クビキリギスが張り付いていました
 さけますセンターも栽培漁業センターも,生産現場は地方にあるため,生活に多少の不便さはありますが,地域ごとの季節の移ろいを肌で感じられるのが良いです。小浜では冬から春の変化はあまり実感できませんでしたが,最近のジトーっとした暑さで “日本の夏”は非常に良く体感出来ています。
 本日もあまりの猛暑と湿気に,「我,泣きぬれてカニとたわむる」。

写真6 稚ガニとたわむる
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