独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.109 「さけますセンター出身の僕にも出来たよ!」
     ズワイガニのメガロパ幼生の生産数が過去最多を記録  2007.06.01
小浜栽培漁業センター 山本 岳男
はじめに
 平成18年初冬,私は吹雪荒れる北海道の苫小牧東港からフェリーに揺られ,さけますセンターから小浜栽培漁業センターへやってきました。そこで担当になったのがズワイガニの種苗生産です。
 さけます以外の種苗生産はもちろんのこと,餌料のワムシやアルテミアさえ見たこともなかった筆者が,職員・補助職員の皆さんと一緒にこれまでに積み上げられた飼育技術(マニュアル)を踏襲した結果,メガロパ幼生の生産数が過去最多を記録し,技術の高さを立証することができました。
これまでの取り組み
 ズワイガニの幼生は,ゾエア1期(15〜19日間:写真1)→ゾエア2期(15〜19日間)→メガロパ期(20〜30日間:写真2,動画)と脱皮を繰り返し,約2ヶ月で稚ガニになります。小浜栽培漁業センターでは昭和59年からズワイガニの種苗生産を開始しましたが,ゾエアの沈下や脱皮に伴う大量死亡が続き,メガロパや稚ガニまでの飼育が困難な時期が長く続きました(図1)。このため,小型水槽やビーカーを用いた基礎試験に重点をおいて死亡原因の解明が進められた結果,飼育水の攪拌,餌料であるワムシの栄養強化および薬浴による細菌感染の防除が必須の飼育条件であることが明らかになりました。この成果を20〜50kLの大型水槽を用いて実証試験を行ったところ,近年は数万尾単位でのメガロパの生産が可能となりました。

図1 大型水槽を用いたメガロパ生産数の推移(小浜栽培漁業センター)
本年度の取り組み
 本年度は20kL水槽を用いて4回の生産試験を行いました(表1)。まず,親ガニからふ化したゾエアを飼育水とともに水槽からオーバーフローさせてネットで採集 (写真1)し,これを飼育水槽に収容して試験を開始しました。生産したメガロパは,飼育水槽から500L水槽にオーバーフローで取り揚げました(写真2)。
表1 本年度のメガロパ生産数と生残率

写真1 ふ化ゾエア(1)は,親ガニ水槽(2)からのオーバーフローをネットで受けて採集(3)します。
排水パイプの口は上を向け,ふ化ゾエアがネットにぶつかって棘が折れないように気を遣いました。

写真2 メガロパ幼生(1)は飼育水槽の外に設置した透明パンライト水槽へオーバーフローで取り揚げました(2)。
パンライト水槽に集まったメガロパ(3)は,毎朝夕に取り揚げて計数し,別の飼育水槽に収容して稚ガニまで飼育しました。
大量生産に必須の飼育条件
 飼育水の攪拌 幼生は遊泳力が弱いため沈下しやすく,その結果底で蝟集して死亡してしまいます。そのため攪拌機を使って幼生を浮上させる方法が考案されました。本年度もマニュアルに従い飼育水を0.5回転/分攪拌することで幼生の浮上効果と生残率の向上が得られました。また20kL水槽に19.4万尾のゾエアを収容して攪拌機を使用しない飼育も試みましたが,幼生は沈下してどんどん死亡し続け,21日目に生残数が1万尾以下となったところで飼育を中止し,改めて攪拌機の威力を確認しました。
 餌料の栄養強化 餌料にはワムシとアルテミアノープリウスを使用しました。ゾエアの成長には,高度不飽和脂肪酸(DHA:ドコサヘキサエン酸とEPA:エイコサペンタエン酸)とその強化比率が重要なことが明らかにされています。このため,ワムシの栄養強化には市販の強化剤を用いて,DHAとEPAの含有比率が6:4になるように強化しました。アルテミアには元々EPAが含まれているため,DHA強化のみを行いました。試験1〜3の餌料系列は強化ワムシと未強化アルテミアの併用給餌で開始し,マニュアルに従い50%以上の個体がゾエア2期に脱皮したのを確認してから強化アルテミアの単独給餌にしました(図2)。しかし,メガロパへの脱皮直後に減耗が発生しました。そこでワムシの給餌を途中で止めたことが原因ではないかと考え,試験4ではゾエア2期の間は強化ワムシを与え続けましたが,生残率の向上は見られず,脱皮直後の減耗要因を明らかにすることはできませんでした。

図2 試験毎の餌料系列
生産試験の結果
 初めての飼育では,底にたまった汚れが浮いて水槽内を漂うことに気を使い,ゾエアの沈下や脱皮前後での大量減耗にヒヤヒヤすることもたくさんありましたが,結果としてふ化後32〜36日目には10.5〜54.4%の生残率で2.0〜11.8万尾のメガロパを生産し,合計すると80万尾のゾエアから24.5万尾のメガロパを生産して過去最多を記録しました。また,生残率を過去と比較すると,水槽1面あたりでは,これらの中でも上位の成績が得られました(表2)。
表2 水槽1面当たりのメガロパ生残率トップ10
 活発に泳ぐメガロパを動画に示しましたが,黒くて大きな粒がメガロパです。その周りに居る小さなゴマ粒のようなものはメガロパの餌用に添加した同種のふ化ゾエアです。1ヶ月でこれだけの成長差になりました。

遊泳するメガロパ(動画。約7秒)
(左下STARTをクリックしてください)
*動画を見るにはAdobe Flash Player が必要です。
今後の課題
 メガロパの量産マニュアルは,他魚種でも飼育の基礎技術を持っている人ならば充分応用可能であることが明らかになりました。しかし生残率は10〜54%と変動幅が大きく,これからの目標は安定した生産技術の確立にあります。今後は,ゾエア期の大型水槽での死亡の一因と考えられる幼生の蝟集を防除するため,飼育水の流れの改善を図るとともに,基礎試験により減耗要因と時期の把握を進めようと考えています。さらに,薬剤を必要としない飼育手法の開発に取り組みます。
 またメガロパから稚ガニまでの飼育については,メガロパが量産できるようになったのはごく最近のため,手探りというのが現状です。そのためビーカー等で個別試験を繰り返すことにより,最適な飼育条件の把握に努め,稚ガニの大量生産につなげていきたいと考えています。