独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.12  現場はツライよ イラストマー標識付け作業の思い出
2007.08.10
本部業務推進部栽培管理課 藍原 章子
 もう、2年前にもなるでしょうか。トラフグのイラストマー標識付け作業で南伊豆栽培漁業センターに行きました。
 事務系の私にとって、このような現場の作業はほとんど初めてと言っていい状態。不安を抱えながら、担当のMさん(トラフグ調査担当)に挨拶すると、
 「せっかくだから、標識だけじゃなくて、朝の仕事も手伝ってもらおうか。じゃ、明日は朝4:30に集合ね。」
 4:30!なんの心遣いなのか、ありがたくも現場の仕事に参加させてもらうことになりました。
南伊豆栽培漁業センター
 夜明け前。集合したのは担当のMさん、標識作業のために来ていた職員2人と私の4人。まずは、モウロウとした頭のまま、他の職員の見よう見まねで水槽に浮かべてある油膜取りを外して、洗って再設置する、という作業を手伝いました。現場の皆さんはご存じでしょうが、水槽とは言っても自宅で金魚を飼うようなカワイイものではなく、深さ3mはあろうプールのような水槽が何槽もあるのです。水槽は大きいので上面に近道のように板が渡してあり、そんなところを塩ビ管でできた油膜取りを抱え、ブカブカした長靴で歩くなど、ヒヤヒヤものでした。
参考写真 このような水槽がいくつも
「これを2ブロック、あそこで溶かして」
 油膜取りと格闘している私を呼び、Mさんは冷凍庫から何やら妙なニオイのするカタマリを取り出しました。
 「これはアミを冷凍したもので、トラフグにやるエサです。溶けたら全部の水槽にまんべんなくまいてください。」
 よく見れば小さなエビのようなものがみっちりと圧縮冷凍されているよう。このブロックをタモ網に入れて、流水で溶かします。
 溶けるのには時間が掛かるため、ブロックを流水に浸したまま、油膜取りの再設置作業に加わりました。油膜取りを水槽の端に紐でくくりつけるという、単純な作業のはずなのに、できがどうもおかしく、結局全部直してもらうハメに。手伝いどころか、とんだ足手まといです。
参考写真 こんな感じで溶かす
 アミのブロックがいい案配に溶けてきたようなので、タモ網からバケツに移そうとしたのですが、お、重い!網が持ち上がりません。仕方なく手づかみでアミをバケツに移しました。二の腕までアミまみれになるなどという体験は初めて。せめてアミに美肌効果があれば…
 アミの入ったバケツを持って、水槽にアミをまきます。一箇所に固まらないように、一回でまんべんなく拡がるようなまき方が望ましいようです。水槽にはトラフグの稚魚がたくさん泳いでおり、いっせいにエサに群がってきます。こんなふうに反応があるといくぶん楽しくなってきます。しかし、全てのトラフグにまんべんなくエサを食べてもらうために、一つの水槽でも数カ所でまかなければいけません。初めは「わ〜食べてる、食べてる〜」などと喜んでいましたが、バケツは重く、水槽は他の棟にもあり、それも一回ではなく何回もまわっていかなければならず、思いの外時間がかかる作業でした。
 気がつけば7時で、あたりも明るくなっていました。Mさんが休憩しようと呼んでいます。朝の7時に休憩とは!いつもならやっと目ざめる時間。もう汗だくで、よく冷えたウーロン茶がおいしい。
 いつの間にか他の機関から同じく標識作業のためにやってきた方たちがパラパラと到着し、我々4人に朝食の弁当をもってきてくれました。内心、私もこの時間からでいいのに…と思いながらおにぎりを食べていると、現場のパートさんたちも到着し、私にカッパ(ビニールでできたオーバーオールみたいなもの)を貸してくれました。サイズが大きかったため、ウエストのところをその辺にあった荒縄で締め、首には手ぬぐいを巻き、もう完璧な現場スタイル。白い長靴がまぶしい。
 トラフグを大きな水槽からイラストマー標識作業用の場所に移動させるため、全員参加のバケツリレーの始まりです。速い!バケツリレーだって、もちろん初めて。腕が痛いような気がしたけれど、ペースを乱さぬよう、もう、必死です。この速さで、運が悪いと例の渡し板の上に位置することも。ひとつの水槽が終わると、他の皆さんは次の水槽のまわりにパッと移動していて、いろいろなところから来ている人たちなのに、すばらしいチームワークに驚きました。
バケツリレー
 そして、いよいよイラストマー標識付け作業。
 イラストマー標識とは、放流する魚の胸ビレの付け根などにイラストマーという蛍光性の樹脂を注入し、放流後再捕されたとき、調査する人間がゴーグルをかけ、トラフグの胸ビレの付け根に紫外線を当てると、蛍光色が光って見えるので、放流魚と判定できるという標識方法です。

 トラフグをタモ網ですくい取り、胸鰭の付け根あたりに針を薄く刺し、ボタンを押してイラストマーを注入。そして、大きな雨樋のような水路に放す。一連の作業のレクチャーを受け、おっかなびっくり作業を始めると、トラフグは何しやがると言わんばかりに怒ってまん丸にふくれ、キュキュキュキュと鳴き出しました。ギョッとしましたが、数をこなすうちに何とも思わなくなるから不思議です。
 隣に座っていた愛知県水試から来た達人は、この作業を黙々とすごい勢いでこなしていましたが、こちらはその何分の一だったでしょうか。正確な数字は忘れましたが、確か丸一日で500尾程度が限界。達人はもちろん4桁です。

イラストマー標識付け作業

トラフグ怒ってます
 15時には作業を終了し、片付け後、16時に解散となりました。
 事務所のみなさんはまだ勤務中ですが、早朝から慣れないことの連続で、もうクタクタ。翌日も集合は4:30と聞き、いっそう疲れが…
 たった3日の体験でしたが、初めての現場仕事は、ハシよりも重いモノを持ったことがない私には、非常にキビシイものでした。標識と聞いて駐車禁止など連想しなくなったのも、この時からかもしれません。ドシロウト相手に、いろいろ気遣ってくださったMさんをはじめ、現場にいた皆さん、ありがとうございます。
 現場の皆さん、これが日常だなんて心から尊敬します。明日の栽培漁業のためにがんばってください。私は遠くから見守っています…
手ぬぐいは必需品
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