独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.148 ワムシの世界も“因果応報?” 〜親世代の餌料環境が次世代以降のワムシに及ぼす影響〜  2009/07/29
能登島栽培漁業センター 小磯 雅彦
はじめに
 ワムシは,卵からふ化した海産仔魚が最初に食べる生物餌料です。ワムシがなければ仔魚を飼育することができず,必要不可欠なものなのですが,種苗生産現場では,未だにワムシ密度の急減や増殖不良が起こり,しばしば飼育用のワムシを確保することが困難になります。ワムシ培養不調の原因については,これまで餌料不足や溶存酸素濃度の低下,培養水中に蓄積するアンモニアの影響,細菌や原生動物などの共存微生物の作用など,様々な要因が報告されています。
 本報告では,これら以外のワムシ培養不調を引き起こす要因として,“餌料の質”に注目し,直接摂餌した親世代のみならず,次世代以降のワムシに及ぼす影響についても調べました。

ワムシ培養用餌料の質的な問題点
 現在,ワムシの大量培養で主に用いられている培養用餌料としては,濃縮淡水クロレラ,ナンノクロロプシス,パン酵母の3種類が挙げられます。市販の濃縮淡水クロレラは工場の有機培地で生産されるため,製造直後の品質は安定しているものの,購入後の冷蔵保存時間の経過に伴って徐々に品質が劣化します。
 一方,ナンノクロロプシスは培養状態によって栄養価が変化しやすく,パン酵母はワムシに対する栄養価が低いことが報告されています。
 このように,ワムシの大量培養で用いられている培養用餌料はそれぞれ質的な問題を抱えており,これが原因でワムシの培養不調を引き起こす可能性があります。

実験方法
 ワムシにはL型ワムシ静岡株(携卵個体の背甲長:平均値±標準偏差=290±15μm)を用い,培養槽から卵だけを分離して,ふ化させ,ふ化後2時間以内の仔虫を実験に用いました。
 培養は,25℃に温度調節した恒温器内に24穴マイクロプレートを置き,餌料懸濁液を1ml入れ,その中に仔虫を1個体ずつ個体別に収容して培養しました。実験開始時のワムシを第1世代,そのワムシから得られた仔虫を第2世代とし,世代ごとに新たな24穴マイクロプレートに1個体ずつ植え継ぎました。
 餌料には,栄養価の劣る餌料としてパン酵母を用い,対照としてナンノクロロプシスを5世代にわたり給餌した場合(N区),パン酵母を第1世代に給餌し,続く第2〜5世代にはナンノクロロプシスを給餌した場合(YN区),パン酵母を5世代続けて給餌した場合(Y区)の3試験区を設けました(表1)。
 世代ごとに,「ふ化後24時間での生残率」と「ふ化から初産卵までの時間」,「第1卵から第2卵までの産卵間隔(以下産卵間隔)」,および「産出卵のふ化時間」をそれぞれ調べました。なお,餌料密度は事前に適正餌料密度を調べ,ナンノクロロプシスは7.0×106細胞/ml,パン酵母は7.5×106細胞/mlとしました。

結 果
「ふ化後24時間での生残率」は,対照のN区は各世代ともに90%以上,YN区は第2世代が70.6%と低下したものの,それ以外の世代は86.7〜100%でした。
 一方,Y区は第1世代が79.2%,第2世代が34.6%と大幅に低下し,第3世代で全滅しました(表2)。「ふ化から初産卵までの時間」は,対照のN区は各世代ともに28.0〜28.5時間でした。YN区は,第1世代が44.0時間,第2世代が33.0時間と対照区に比べ,遅延しましたが,第3世代以降は対照区と同程度の28.2〜29.0時間になりました。Y区は,対照区に比べ,第1世代が42.5時間,第2世代が53.0時間と遅延しました。
 なお,「産卵間隔」や「産出卵のふ化時間」についても,「ふ化から初産卵までの時間」の結果とほぼ同様な傾向が認められました(図1)。





考 察
 パン酵母は,これまでにもワムシに対する餌料価値が低いことが指摘されており,本実験でもパン酵母を給餌した事例では,正常な生残や発達が認められないことから,ワムシに対して栄養的な欠陥があることが再確認されました。質的に劣る餌料の影響については,第1世代にパン酵母を給餌して,第2世代以降にナンノクロロプシスを給餌した場合でみると,対照区に比べ,第1世代で発達時間や産卵間隔が1.5倍以上長くなるだけでなく,第2世代においても発達時間や産卵間隔が1.1〜1.2倍長くなり,ふ化から24時間での生残率が20%以上低下しました。なお,第3世代では影響は認められませんでした。
 これらのことから,餌料の質の影響は,餌料を直接摂餌した第1世代のみならず,第2世代にまで作用することが明らかとなりました。ワムシ培養過程で不適切な餌料を給餌して増殖不良が発生した場合には,その影響は次世代まで作用し,そのままでは事態はさらに悪化する(Y区)ことから,良質な餌料へ切り替えると共に,植え替えを行うなどの操作をできるだけ迅速に行う必要があると考えられます。

おわりに
 ワムシ培養の安定性や効率性をさらに高めるためには,今後は餌料の質についても配慮する必要があると思われます。餌料の質の判断手法について1つ紹介します。市販の濃縮淡水クロレラ(クロレラ工業製)は,入手直後にはpH6.4前後で,使用期限の製造後20日目(冷蔵下)にはpH5.9まで低下します。pHが5台になると質的に劣化している可能性があるため,濃縮淡水クロレラの質をpHで判断するのも1つの手段と思われます。