独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.132 んっ! 新種のカニか?                   2008/06/20
小浜栽培漁業センター 山本 岳男
←写真1 こんなカニを見つけました
↓写真2 脱皮直後の正常なズワイガニの稚ガニ
新種発見!?
 種苗生産をしていると,飼育水槽に思わぬ生き物が現れることがあります。顕微鏡でしか見えないような小さなプランクトンから,大きい物では数センチもあるクラゲにホヤと様々です。飼育に使う海水は,海からポンプで汲み上げてから水槽に入れるまでに2〜3回ろ過して,さらに紫外線で殺菌までしているのですが,どこからか侵入してきます。

 3月に入ったある日,小浜栽培漁業センターのズワイガニのメガロパ幼生の飼育水槽に,見慣れないカニが現れました(写真1)。甲羅は縦にひょろっと細長く,寄り目なカニです。こんなカニは図鑑でも見たことがありません。もしかして,新種発見!?
 まあこんな簡単に新種が見つかるわけもありません。実は,これはズワイガニのメガロパが稚ガニへの脱皮に失敗した個体です。正常な稚ガニは写真2のように,甲羅はほぼ円形で両目は離れています。
 なぜ,このような脱皮に失敗する個体が出てくるのか,調べました。
なぜ脱皮に失敗するのか
1.メガロパは暑がり?
 小浜栽培漁業センターでは,ズワイガニの種苗生産試験を行うに当たって様々な基礎試験を行ってきました。そのなかで,ゾエア期幼生の飼育水温には14℃が適していることが明らかになりました。そのため,メガロパ期の幼生も同じ14℃で飼育を行ってきました。
 しかし,天然海域のメガロパが10℃前後の水温帯で多く採集されていることから,メガロパ期以降の水温を10℃前後に下げて飼育する試験を行ってみました。その結果,稚ガニまでの生残率はこれまでの14℃飼育の40%に対して,10℃飼育では65%まで向上しました。
 さらに正常に脱皮した個体(写真2)の割合は,14℃飼育の50%以下に対して10℃飼育では約90%に達しました。やはりメガロパには14℃は暑すぎたようです。
2.足元が肝心です
 脱皮に失敗した個体の中に,写真3のように目の周辺にメガロパの脱皮殻を引きずっている個体がいるのに気付きました。
 なぜ,こんなところに殻を残しているのでしょうか。ヒントは脱皮の順序にあります。メガロパが稚ガニへ脱皮する時には,まず足で底に踏ん張り,次に頭胸甲の後ろから殻を脱ぎだして目のところで終わります。
 そこで,『脱皮に失敗した個体は,最後に殻を脱ぎ棄てるのを失敗した』のではないかと考え,つかまって踏ん張るものを与えることで正常脱皮率を高められるのではないかと仮説を立てました。つかまる物として水槽の底に砂を敷く効果を比較したところ,砂を敷いた水槽では65%が正常に脱皮できましたが,敷かなかった場合の正常な脱皮は40%程度でした。


写真3 脱皮を失敗した稚ガニの目の周りに透明なメガロパの殻が残っています
 メガロパの飼育方法が少しずつわかってきたことで,脱皮についても必要な条件がわかってきました。しかし,まだまだ十分ではありません。そのため,今後は水温以外の飼育環境,餌の種類や食べる量,栄養素などの様々な方向から検討していきます。

 また,脱皮に失敗した個体が,本当に生き続けられないかを調べる必要があります。
 寄り目なズワイガニが漁獲されたという話を聞かないことから,脱皮に失敗した個体は長生きできないのか,もしかすると脱皮を繰り返すと,寄り目が解消されるのかもしれません。現在,脱皮に失敗した個体がこの後も生き残り,正常に2齢期に脱皮することができるかどうか,飼育経過を見守っているところです。