独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.133 ブリ・ハマチの完全養殖化へ第一歩
 〜早期生産の人工種苗を用いた養殖試験がスタートしました〜  2008/07/14
五島栽培漁業センター 堀田 卓朗
 ブリ(Seriola quinqueradiata)は「氷見の寒ブリ」や「東の鮭,西の鰤」と言われるように,北陸および西日本での消費量が多く,日本人にとって親しみ深い魚です。また,海面養殖が盛んで,年間生産量は10万トン前後であり,海産魚類養殖の中で生産量が最も多い魚です。

 ブリ・ハマチ養殖では,主に4〜5月に天然の稚魚(モジャコ)を採捕し,商品サイズになるまで育てます。養殖経営では,成長が速く,肉質が良く,病気にかかりにくい種苗を使うことによって,高品質の魚を効率良くつくることが重要ですが,天然種苗に依存している限り,これらの特性をコントロールすることはできません。また,稚魚が入手できる時期も数量も限られるため,需要に合わせて生産することには困難が伴います。
 そこで,水産総合研究センター五島栽培漁業センターは,飼育した親から卵を採取し,それを育てた種苗を使うことで,市場の動向に合わせた生産ができるような技術の開発を進めています。
 まず,親を飼育する水槽の光や水温などを人為的にコントロールすることによって,これまでは4月頃だった産卵期を2ヶ月早期化することに成功し,さらには4ヶ月早い12月にも受精卵を取る技術(早期採卵)を開発しました。これによって,天然種苗とは違う時期に養殖を始めることが可能になり,周年出荷の態勢が取りやすくなるはずです。
 卵から育てた親が産卵し,その卵から仔魚がふ化するというサイクルを確立することを完全養殖と呼びます。これが実現すれば,親魚を何代にもわたって管理でき,成長が速く,病気にも強く,食べても美味しい高品質な系統(品種)を作り出すことが可能になるため,私たちは完全養殖に取り組みました。
 そして2008年1月に,人工種苗の第1世代が産んだ卵を用いて数万尾の種苗(第2世代)を生産することに成功し,初めて事業規模での養殖試験を開始する運びとなりました。ブリの完全養殖の第一歩が踏み出されたのです。
完全養殖型の早期採卵と種苗生産
 五島栽培漁業センターでは,3年前の12月に早期採卵によって得られた稚魚を養成し,親に仕立てて採卵する,すなわち,完全養殖型の早期採卵を試みました。その結果,2008年1月9日に100万粒を超える受精卵を産ませることができ,81万尾の仔魚がふ化しました。その内の37.7万尾を60kl水槽に収容し,種苗生産をスタートさせました。途中,共食い防止のための大小選別を経て,3月3〜6日(日齢51〜54日)に平均全長43.6mmの種苗5.1万尾を取り上げ,うち約2.4万尾を陸上水槽で飼育を続けて全長125mm,体重19gになるまで育成しました。そして,その中から養殖試験用の種苗として1.2万尾を選別しました。
  

写真3 取り上げ前の種苗

写真4 メッシュのかごを用いた大小選別
    小型種苗はすり抜けて下の網へ

写真5 大小選別作業
五島から鹿児島まで種苗輸送
 4月16日夕方,その1.2万尾が活魚トラックに積まれ,五島栽培漁業センターを出発しました。センターのある長崎県の五島列島福江島から陸海合わせて約500kmの道のりを17時間かけて鹿児島県にある養殖場まで運ばれ,海上の小割生簀に放されました。現地の海水温は約19℃,五島栽培漁業センターの海面より2〜3℃高めの温暖な海です。

 長時間にわたる輸送の影響が心配されましたが,実験魚は生簀の中で元気に泳ぎ回り,さっそくその日の夕方から活発に摂餌を始めました。


写真6 トラックから船へ

写真7 船から小割生簀へ
養殖試験のスタート

写真8 ワクチン接種前に麻酔をかけます
 養殖場での育成を開始して10日ほど経過した4月下旬,体調をくずして死亡する個体が少し見られるようになりました。この養殖場では,毎日のようにダイバーが生簀の中に入って魚の状態を観察し,死亡魚はすぐに取り除かれます。異変があれば即座に対処できる管理体制が整っています。人工種苗を使った養殖を成功させるには,いかにうまく水槽から生簀への移動を行い,育成初期の死亡を無くすかがポイントになる,そんなことを実感しながら経過を見守りました。

 鹿児島の海に移されて約1ヶ月経った5月中旬,育成初期の死亡もほぼ終息し,いよいよ本格的に養殖試験をスタートさせるためのプログラムが開始されました。
 一週間かけて魚たちのコンディションを整えた後,病気を予防するためのワクチンを接種,成長の遅れた個体や形の悪い個体を除去し,尾数や大きさを正確に計測します。
 5月22日,体重78gにまで成長した五島産早期種苗に次々とワクチンが注射され,選ばれた9,500尾が養殖生簀に移されました。これから商品サイズになるまで,長期にわたる養殖試験のスタートです。
 この試験は,水産総合研究センターと日本水産株式会社の共同研究の一環で,黒瀬水産株式会社の協力のもとで行われています。

写真9 ワクチン接種
今後の展開
 今回の養殖試験は,実際にブリ・ハマチ養殖が行われている海域で,トップレベルの養殖技術と厳格な管理体制のもと,事業規模での育成を行い,天然より早い時期に生産した人工種苗の産業的価値を確かめることがねらいです。今後は,飼育状態の観察と定期的なサンプリングを行い,成長の度合いをはじめとして様々なデータを集積していく予定ですが,これらの魚が大きくなって次の世代を残してくれれば,世代を重ねるごとに天然魚よりも養殖産業に適した性質を持つブリの系統を作ることができます。
 この時期に生産された種苗を用いた事業規模での養殖試験は初めての試みであり,予期せぬ問題や課題も出てくるのではないかと思われますが,それらを一つ一つ解決していき,近い将来ブリ・ハマチの完全養殖技術を完成させたいと考えています。