独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.110 ワムシの高密度輸送試験の実施状況(2001〜2005)      2007.06.11
能登島栽培漁業センター 小磯 雅彦
はじめに
 海産魚の種苗生産機関では,卵からふ化した仔魚が最初に食べる餌としてワムシという動物プランクトンを培養しています。餌が無ければ仔魚が死亡してしまうため,ワムシ培養担当者はワムシを安定的に生産するため,日夜努力しています。
 しかし,ワムシ培養技術はまだ完全ではないため,時々培養が不調になり,ワムシを仔魚へ給餌できなくなることがあります。 このような場合,これまでは活魚トラックや0.5〜1.0klの輸送用水槽を積んだトラックを用いて,近隣の種苗生産機関からワムシの大量輸送を行ってきましたが,多大な労力と経費がかかるため,種苗生産現場では大きな負担になっていました。
 ワムシの大量輸送が安価で迅速に長距離を安定した品質で行うことができれば,仔魚へのワムシ給餌ができなくなるような緊急事態が発生しても,速やかに対応することができます。さらに,仔魚への給餌直前に億単位の大量のワムシが得られれば,年間を通して行っているワムシを維持管理する培養や,大量培養ができる規模までワムシを増やす拡大培養等を省けることから,ワムシ培養に係わる作業と経費の軽減に貢献できると考えられました。
 能登島栽培漁業センターでは,ワムシの大量輸送に関する技術開発を進めてきた結果,低水温に強いL型ワムシBrachionus plicatilisをダンボール箱(大きさ:52×29×39cm)1個に億単位で梱包して冷蔵宅配する “高密度輸送法”を2001年に開発しました。ここでは,2001年〜2005年度の5年間における高密度輸送試験の実施状況を紹介します。なお,高密度輸送試験は,都道府県の栽培漁業センターや栽培漁業公社などの公的機関,公益法人を対象に実施しています。
高密度輸送法の手順
 ワムシの高密度輸送法の手順を以下に示します。
1.大量培養槽(培養水温:20℃)から収穫したワムシ(最大で10億個体)を海水で十分に洗浄した後,海水に純酸素を吹き込んで酸素飽和状態とした約10 ℃の冷却希釈海水で一気に冷却します(写真1)。
2.食品梱包用器械を用いて,ワムシ濃縮液(1mlあたり数万個体)を輸送用容器(27×27×4cm)に約500 mlずつ入れ,容器上部を専用のフィルムで密封したものを18個作ります(写真2)。
3.ワムシ濃縮液を封入した輸送用容器をダンボール箱(52×29×39 cm)1個に詰めて5℃の冷蔵宅配便で輸送します(写真3)。
写真1 収穫したワムシを海水で洗浄した後,
酸素飽和状態の冷却海水で急冷する。
写真2 食品梱包用器械を用いて輸送用容器
にワムシ濃縮液を500mlずつ入れ,上部を
密封する。
写真3 ワムシ濃縮液を封入した輸送用容器を
ダンボール箱1個に詰めて冷蔵宅配便で
輸送する。
輸送にかかる日数
 能登島栽培漁業センターからの輸送日数は,本州の大部分と九州の一部へは1日以内,青森県や北海道ならびに長崎県と宮崎県以南へは1〜2日かかり,最も日数を要したのが鹿児島県奄美大島(奄美栽培漁業センター)で3日を要しました。このことから,能登島栽培漁業センターから輸送を行う場合には,ほぼ日本全域に2日以内で輸送することができます。
到着時のワムシの計数及び取り扱いについて
 高密度輸送のデータを収集するために,到着時の水質とワムシの生残状況を輸送先の機関に調べてもらいます。
 その方法は,輸送用容器1個を取り出し,上部のフィルムを外して中のワムシ濃縮液を全て1000ml用容器に入れ,水温や溶存酸素濃度を測定します。到着時のワムシ計数は,そのワムシ濃縮液を十分に撹拌した後で2mlを採取し,それを水温20℃の60%希釈海水500mlを入れた容器に入れ,2〜3時間放置した後,海水を撹拌してから0.5mlを採取し,その中の生残個体数,死亡個体数,卵数を計数します。すぐに計数を行うと高密度輸送から活力が回復していない個体を死亡個体と判断する可能性があります。
 残りの輸送用容器は上部のフィルムを外してワムシ濃縮液を直接培養槽へ収容します。高密度輸送ワムシは温度馴致の必要はありません。この時,通気が強いと高密度輸送から活力が回復していない個体が,泡にまかれて死亡するため,酸素欠乏が起こらない程度に弱めの通気を行います。また,収容直後から一部の個体は摂時し始めるため,収容と同時に給餌も行います。

図1 高密度輸送ワムシ到着後の計数法および取り扱いについて
2001年〜2005年度の高密度輸送試験の結果
 年度別の高密度輸送試験の結果を表1に示しました。利用機関数と輸送回数は,2001年度は25機関で延べ75回でしたが,年度ごとに増加して2005年度には47機関で153回まで増えました。総輸送ワムシ数も2001年度には538億個体でしたが,2005年度には858億個体に達しました。輸送における生残率は,30%近くまで低下する事例も認められましたが,平均すると2003年度までは70%台で,2004年度には80.4%,2005年には91.8%と徐々に高くなりました。高密度輸送の生残率が向上した理由については,ワムシの培養法である粗放連続培養法において,培養日数を30日以内と短くして培養不調が起こる前に培養を終了し,活力良好なワムシで高密度輸送を行ったことや,1箱あたりの輸送ワムシ数を生残率が低下しない10億個体以下で行ったこと等が挙げられます。
 2005年度の輸送事例を用途別に分けると,種苗生産期間の開始時の接種株としての利用が60件(39.2%),種苗生産途中の培養不調に伴う緊急的な利用が93件(60.8%)でした。
表1 年度別のL型ワムシの高密度輸送試験結果の概要
今後の課題
 ワムシの高密度輸送を活用することにより,仔魚への供給量不足に迅速に対応でき,さらに,ワムシの維持管理の培養や拡大培養を省くことができる等から,各栽培漁業センターのワムシに係わる作業と経費を大幅に削減できると思われます。このように高密度輸送は利用価値が高いため,今後さらに必要性が高まる可能性があります。これらのニーズに対応するために,処理方法や容器の改善などに取り組み,現行の高密度輸送技術をさらに高度化したいと考えています。
 一方,ワムシ輸送で注意すべき点として,ワムシを介しての疾病伝播の問題が挙げられます。当センターでは,培養水の紫外線殺菌処理や収穫したワムシの洗浄などは行っているものの,これだけではワムシを介しての疾病伝播を完全に防除することはできません。そのため,さらに防疫面を強化した消毒ワムシ卵の生産や輸送技術についても開発を進めています。
 また,現在はL型ワムシのみの輸送にとどまっていますが,S型ワムシやSS型ワムシの高密度輸送についても取り組む予定です。
 今後,高密度輸送技術の進歩により,あらゆる要求に応じて様々なワムシを輸送できる体制が整えば,定期的に輸送されるワムシのみで種苗生産を行うことも可能となり,栽培漁業センター間での業務分担も実現可能になることも考えられます。