独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.096 宮古栽培漁業センターの地元教育活動へのお手伝い
−教えるつもりが教えられ:幼稚園から高校生まで−   2006/10/27
宮古栽培漁業センター 有瀧 真人
 近年,ゆとりある教育の実施ということで,ほとんどの小・中学校で積極的に課外学習等が行われています。また,高校でも教育の一環として社会とのつながり・経験を重視されるため,様々な産業・職場で作業を体験する授業時間が増えているようです。
 我々の勤める栽培漁業センターでは,水産上重要な魚の親から卵をとってふ化させ,その仔魚(魚の赤ちゃんのこと)を稚魚(人間で言うと幼稚園児)まで育てて放流し,調査を行っていますので,タイやヒラメなどなじみのある魚の親から子供までを一挙に目にすることのできる希有な場所です。
 また,飼育に伴う作業工程も餌の増殖や産卵・ふ化,魚の成長や生き残り状態など天然の海での出来事を切り取って再現する場面が多々あり,自然界の仕組みを理解するのに便利なところです。
 このような職場であるため,様々な教育機関から見学や授業への参加の要望が舞い込んできます。我々にとっても自分たちの職場環境や経験が本来の仕事以外でお役に立てるのは大いに喜びを感じるところですが・・・・楽あれば苦あり・・・苦労も大変多いのです。今回はその中から2つほど事例をご紹介します。
1. 見学とお話 (保母さんって大変ね:幼稚園児を征するものは全てを征す)
 某年○月×日
 きょうは宮古市内のある幼稚園から年中組の皆さん20数名が宮古栽培漁業センターへ来られ,お魚のお勉強と放流会を行います。準備は万端で,センターの概要をお話する職員と実際に魚を見せて放流まで引率する職員に分けて対応します。

 まずは,トップバッターが当センターの概要説明をします。しかし,「はーい,皆さんコンニチワ」・・・までは順調だったのですが,「宮古栽培漁業センターは,昭和54年に設立され・・・」と始めたとたん子供達の視線は職員から一斉にてんでバラバラ,好きな方向に向きだしました。間をおかずに,前の子の帽子を引っ張る子,座り込んで後ろを向く子,先生の所へダッシュする子が続出・・・瞬く間に「学級崩壊」状態となり手の施しようがありません。対応していた職員は半ベソで次の担当者にバトンタッチ。2番バッターの登場です。

 「みんなー,ヒラメって見たことある? こっちにヒラメの赤ちゃん達がたくさん泳いでいるよ !! 」の一声で子供達の視線は再び一点に集中し,ワッと集まってきました。「すごーい」「泳いでる」「かわいい」と大歓声です。
 デモ,この状態も長くは続きません。10分ほどでしょうか。視線が泳ぎ始めたら,「さ〜て,お魚をさわってみようか」という具合に見て・聞いて・さわってと次々に興味を引く話題に切り替えないといけません。
 2番バッターは大汗をかきながら何とか放流まで子供達の気持ちをこちらへ向けることに成功しました。

 帰り際,みんなは「栽培センター楽しかったよ〜 !! 」と大喜びでしたが,受け入れ側はぐったり疲れて「保母さんって大変ね」とつぶやくのがやっとでした。当センターでは幼稚園から高校生まで見学を受け入れますが,幼稚園が対応できればもう怖いものはありません。幼稚園児を征するものは全てを征す・・・です。
見て・聞いて・さわって・・・苦労があってもこの笑顔にはかえられません
2.体験学習 (予想外の変化球にのけぞるにわか先生:子供の視点って怖いよ〜)
 某年△月□日
 きょうは,地元小学校5年生の体験学習が行われます。メニューは定置網の網おこし,養殖施設の見学と湾内で採集したプランクトンの観察です。その中で栽培漁業センターの職員が,獲れた魚やプランクトンの説明と宮古湾の役割について教えます。目的は,水産物をはぐくむ宮古湾の豊穣さとそれを支える小さな生物や藻場・干潟など魚たちの育つ場所の重要性を子供達に知ってもらうことです。

 網をあげると,イカやイワシ,ヒラメやクロソイなどが水しぶきを上げます。海の近くに住む子供達ですが,船に乗ったことはもちろん,生きた魚をさわったことのある子供はごくわずかです。はじめはおそるおそるだった子供たちも次第に大はしゃぎで魚に手を出し始めます。養殖のカキやホタテを見てプランクトンネットを引きながら港にかえり,小学校に戻って採集したプランクトンの名前を調べていきます。
 みんなわずか1滴の海水に無数の生き物がいることに大きな驚きを隠せません。おまけにそれは様々な形で七色に輝きながら動いています。もう夢中で顕微鏡を覗き,スケッチしながら名前を調べていきます。
 見ているプランクトンは,さっきさわった魚やカキ,ホタテの餌になっていること,たくさんのプランクトンや魚介類をはぐくむ宮古湾はすばらしい環境であること,そんな宮古湾を作っているのは流れ込む川や,それによって作られる藻場・干潟であることを説明していきます。みんな,きらきら輝く目で大きく頷いてくれてます。

 ・・・ウ〜ンいい授業だ・・・と自画自賛していると,先生から「いい機会だから,皆さん疑問に思ったことを質問しましょう」との提案。・・・予定になかったけど,まあいいでしょう。きょうは調子がいいから何とかなる・・・ハズ。では,何か質問のある人?

 Aくん:宮古湾にヒラメは何匹いますか?
 にわか先生:(何匹 ??? )・・・・。

 Bさん:世界のプランクトンの種類はどれくらいあるんですか?宮古湾でも季節によって異なりますか?
 にわか先生:(世界のプランクトン ??,季節変化 ?? )・・・。

 Cくん:カキは1日にどれくらいプランクトンを食べますか?
 にわか先生:(カキの摂餌量 ??? )・・・・。

 このようなフトコロを深くえぐる,変化球が次から次へと投げ込まれてきます。質疑応答で立ち往生したのは学会でも学生時代以降ありませんが,この日のにわか先生は青息吐息で質問に対処したそうです。子供の視点をなめたらあきません。

 以上はほんの一例です。子供達の笑顔やきらきら輝く目にあいたくて,ついつい見学対応や授業へ臨みますが,準備に大わらわ,質問に大あわて・・・という場合がほとんどです。でも,子供達への対応が終わるといつも「本当は教えているつもりで子供達に教わっているんだ」と感じます。まだまだ勉強が足りません。
プランクトンも魚も宮古湾にはたくさんいます・・・ただ数はわかりません