独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.097 クエの放流試験本格化 −福江島(長崎県五島)に稚魚1万尾を標識放流-   2006/11/27
五島栽培漁業センター 本藤 靖・中川 雅弘・服部 圭太
 クエはハタ類の中でも体長1m以上,体重では50kgを超えるまでにもなると言われる大型魚で,温帯から亜熱帯の外洋に面した沿岸岩礁域に生息しています。九州地方では“あら”と呼ばれ,“あら鍋”,“あらしゃぶ”,刺身などで珍重されます。特にちゃんこ鍋に欠かせないとされ,横綱朝青龍も「博多は魚がおいしいからね」と九州場所を楽しみにしているそうです。
 クエは超高級魚であることでも有名で,鍋の季節でもあり,脂ののっている年末には市場単価が8千円/kgから時には1万円/kgの高値に達することもあります。もともと,めったに漁獲されない幻の魚と言われていましたが,近年では更に獲るのが難しくなるなど漁獲量の減少が懸念され,多くの地域から栽培漁業による資源の回復が望まれています。
写真1 クエ(約20kg)
 五島栽培漁業センタ−では,昭和57年からクエの栽培漁業の技術開発に着手しています。当初は受精卵の確保やふ化仔魚の飼育が難しかったのですが,近年,全長3cmの種苗を10万尾規模で生産できるようになったことから,放流試験に取り組んでいます。クエは岩礁性の魚であることから海中の構造物に定着しやすいと考えられたため,放流場所としては,福江島の外洋に面した水深約10mに設置してある自然石築磯を選び,放流魚の潜水観察やカゴ網調査を行ってきました。放流魚の生態観察と合わせて,実際の漁業で放流魚がどれくらい漁獲されるようになったかを知る必要があります。漁獲されたクエの内,どれが放流魚なのかを見分けられるように,放流するクエの稚魚にはスパゲティ−タグやリボンタグと呼ばれる迷子札式の外部標識を付けていましたが,再捕報告などによる情報は極めて乏しく,その生態は依然として謎に包まれたままです。
 放流魚が実際の漁業で獲られるまでには,放流後2〜3年が必要と考えられています。そのため,標識は少なくともそれ以上の期間有効なものでなくてはなりません。これまで使っていた迷子札式の標識では,それまでに多くが脱落してしまう恐れがあります。
 そこで,今後,標識にはマダイやクロソイなどで実績がある腹鰭抜去法(腹鰭の左右の一方を鰭の基部から引き抜く)を採用することにしました。この標識は鰭の基部からきちんと抜くと鰭は再生しないので,魚市場等に水揚げされた放流魚の数を調べるのに適しています。
写真2 腹鰭抜去法(赤丸は抜去したあと)
 平成18年には腹鰭抜去標識をすべての放流魚に付けて,福江島大浜地先の水深3mに全長9cmのクエ稚魚1万尾を放流しました。これまでのような放流後の生態観察を中心とした追跡調査だけでなく,放流後2,3年経ってからどれくらい漁獲されるかを調べることが目的ですから,活力のある元気な魚を放流する必要があります。
 そこで,放流にあたって種苗の輸送方法や放流方法を見直しました。これまでは,保冷車などにタンクを積んで陸上輸送し,放流現場で船に積み替えた後,直接放流していました。この方法では,放流魚は高密度で輸送され,休む間もなく見知らぬ海に放たれ,出会った経験のない外敵に襲われやすい状況に置かれることになります。

 これに対し,今年は,船の揺れや振動が伝わりにくい特殊な水槽(写真3)を用いて,十分に換水しながら海上輸送し,放流までの一週間は地元の漁業協同組合に小割生簀を使った中間育成を行ってもらいました。
 さらに,放流時は魚に全く手を触れることなく,放流ポイントまで小割生簀を曳航し(写真4),現場で約1時間半静置し,餌を与えてから網を解放することによって海に放すという方法を試みました。

写真3 船の揺れや振動が伝わりにくい特殊な水槽

写真4 小割生簀を曳航
 その結果,輸送時,中間育成時,放流時のすべてにおいて人も魚も余裕を持つことができ,放流魚の活力も従来と比べて見違えるような高い状態でした。放流後の潜水観察でも,これまでとは明らかに元気さが違うという印象でした。放流魚には,半永久的ともいえる標識が付けられています。2,3年後,これらが福江島の周辺で釣られ始めるのが楽しみです。

 長崎県をはじめ,福江島内の漁協および漁業者からはクエの栽培漁業は期待され,中間育成,放流作業,放流後の船舶を用いた調査についても全面的な協力が得られる体制ができました。今後は放流効果の結果が得られる魚市場調査を重点的に行い,クエの放流効果を正確に推定することが重要となってきます。