独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.063 マダコの離乳食は「チベット産」?   2004/11/01
はじめに
 マダコは本州の東北地方以南に生息する重要な漁業資源ですが,その中でも瀬戸内海は明石ダコをはじめマダコの産地として有名で,主に蛸壺漁を中心に,釣りや底曳網漁で漁獲されます。漁獲量は,瀬戸内海ではここ数年増加傾向にありますが,全体としては減少しています。
 マダコは生まれて1年〜1年半で親になり,最大3kgに達します。親ダコになった雌は,岩や蛸壺などにブドウの房状の卵塊を産み付け,漏斗で卵に新鮮な海水を送ったりして卵の世話をします。卵がふ化するまでの約1ヶ月間,雌ダコは全く餌を摂らず,仔ダコのふ化を見とどけた後は痩せ衰えて死んでしまいます。
 (独)水産総合研究センターでは,40年近くマダコの種苗生産技術の開発に取り組んできましたが,これまで仔ダコの適当な餌が見つからず飼育途中でほとんどが死んでしまいました。しかし,屋島栽培漁業センターでは,平成13年度に餌としてチベット産アルテミアとイカナゴシラスを与えたところ,これまでになく高い生残率と成長が得られました。このため現在では,これらの餌を用いた種苗生産技術の開発と,餌としての効果の解明を進めています。
ふ化ダコの成長
 マダコ仔稚の成長は,外套長や体重で表す方法もありますが,屋島栽培漁業センターでは足1本あたりの吸盤の数を指標としています。ふ化直後の仔ダコは,1本の足に3〜4個の吸盤を持っていますが,成長の良好な事例では,ふ化後10日で8〜12個,20日で14〜16個,30日で18〜20個と増えていきます(図1)。
 ふ化ダコから吸盤数10個(ふ化後約15日)までは浮遊生活を送っていますが,10〜18個(ふ化後15〜30日)になると,それまでの浮遊生活から水槽の壁面や底面にくっつくような生活に変わってきます。この時期を底生生活移行期と呼んでいます。さらに大きくなると,親ダコと同様の底生生活期に入ります(写真1)。ちなみに親ダコの吸盤数は200個程度です。

写真1 仔ダコ
マダコ仔稚の育成にはチベット産アルテミアとイカナゴが必要
 これまでは,生態が激変する底生生活移行期に栄養不足と思われる急激な減耗が見られ,マダコ仔稚の飼育を行う上で大きな障害となっていました(図2)。このため,仔ダコの餌として動物プランクトン,養成アルテミアあるいは仔稚魚等の探索を行ってきましたが,底生生活期まで育成できる適当な餌を見つけることができませんでした。
 しかし,平成13年度にチベット産アルテミアとイカナゴシラスの細片を併用して与えたところ,吸盤数20個の底生生活期の稚ダコを1.6万尾生産することができ,生残率も66%と高くなりました。また,平成15年度には,これらの餌を用いて5,500尾 (生残率44%)を,平成16年度には3,100尾(生残率31%)を生産することができました(表1)。ただし,平成14年度はチベット産アルテミアが入手できず,稚ダコの生産はできませんでした。
 このように,マダコ仔稚の飼育にはこの2種類の餌が重要で,特にチベット産アルテミアは今のところ必須のようです。
表1 チベット産アルテミアとイカナゴを使用した種苗生産試験の結果
年度
水槽
収 容
飼育経過
月 日
吸盤数
(個)
尾 数
(尾)
月 日
飼育日数
(日)
吸盤数
(平均)
尾 数
(尾)
生残率
(%)
平成13年
2トン円型
6/16
4
6,000
7/13
27
20.8
4,448
78.0
平成15年
4トン角型
6/20
3.7
12,000
7/22
32
20.3
5,502
45.9
平成16年
5トン角型
7/12
3.8
15,000
8/10
29
20
3,113
30.8
高水温に弱いマダコ
 平成16年度は当初,チベット産アルテミアとイカナゴシラスを使用した飼育でもうまく底生生活期の稚ダコが生産できませんでした。今年は猛暑の影響で飼育後半の飼育水温が29〜30℃に達し,この高水温が成長,生残に悪影響を及ぼしていることが考えられました。過去の飼育試験でマダコの適正水温は20〜25℃という結果が出ているため,冷却装置を使用して飼育水温を25℃に設定した飼育を行ってみたところ,これまでと同様な成長と生残率で稚ダコが生産でき,マダコは高水温に弱いことが確認されました。
今後の課題
 平成16年度には,イカナゴシラスが稚ダコのDHA(ドコサヘキサエン酸)の補給に貢献していることがわかりました(図3)。一方,チベット産アルテミアは北米産や中国産のアルテミアと比較して,ふ化時のサイズが大きいことや粗脂肪含量が多いことがわかりましたが,体成分に含まれるどのような栄養成分が稚ダコの成長に必要なのかは,まだ判明していません。この成分の解明が,今後のマダコの種苗生産技術を開発していく上での最も大きな課題と思われます。また,底生生活期に入った稚ダコは共食いが激しく,その防除対策にも取り組まなければなりません。
 しかし,マダコは成長が早く,1年で商品サイズの1〜3kgに達すること,放流しても定着性が強いと思われることから,栽培漁業対象種としても、また養殖対象種としても注目度が高いと思われます。