独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.071 上浦栽培漁業センターに「健苗量産システム棟」が竣工しました   2005/06/28
上浦栽培漁業センター
 平成17年3月末に上浦栽培漁業センターに新たに健苗量産システム棟が竣工しました(写真1)。この施設は健苗や量産といった,あまり聞き慣れない言葉が並んだ名称となっています。
 「健苗」というのは「健全な種苗」のことですが,それでは「種苗」とは何?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。種苗とは,元来,植物の種と苗を指す,農業で一般的に使われている言葉です。一方,水産用語の「種苗」は放流や養殖に使用される魚介類の子供のことを言います。大きさ2〜10cmぐらいのマダイやブリの稚魚をイメージしてみてください。
 次に,「健全な種苗」については,どういう種苗が健全なのか定義は難しいのですが,ここでは放流もしくは養殖用として自然の海や網生け簀で正常に発育,成長が期待できる稚魚という意味です。
 最後の「量産システム」とは稚魚を大量に飼うシステムのことで,通して解釈すると「健全な仔稚魚を大量に飼育する技術を開発する施設」となります。

写真1 健苗量産システム棟
 上浦栽培漁業センターでは,現在,クエやマハタなどの「健全な種苗」を大量に飼育する技術開発に取り組んでいます。クエやマハタ,クロマグロなどについては,飼育技術が十分に確立されていないため,受精卵から「種苗」までの生残率が低いのが現状で,放流や養殖に必要な何十万尾,何百万尾という「種苗」を安定して生産することができません。
 これらの仔稚魚は,飼育中にしばしばウイルス病を代表とする病気にかかって大量に死亡してしまうことがあり,そのために飼育技術の開発がなかなか進まないといった問題に悩まされています。今のところウイルスに対する有効な治療薬はありませんので,ウイルス病を防ぐにはいかにウイルスに感染させないかが重要になります。ウイルス病の感染経路は大きく分けて2つのルート(親から子へ感染する垂直感染と,他の仔稚魚や餌,環境水から感染する水平感染)があり,このうち親から子への垂直感染は,親魚を検査し,ウイルスを保有していない親魚から卵を採る技術を開発したことで,防ぐことが可能となってきました。しかし,水平感染に関しては,飼育水槽間で飼育器具を使い回ししない,用水の殺菌,担当者以外の水槽へのアクセス禁止等の現行の対策だけでは完全ではないため,さらに充実した対策が求められていました。当施設ではこの対策にも配慮し,水槽間のウイルス感染を防止するため各水槽を部屋で仕切っています。また,排水を殺菌するといった対策を採ることで,万一ウイルス病が発生した場合にもウイルスを環境中に出さない点に気を配りました。

図1 健苗量産システム棟,機械棟の平面図
 次に施設自体を紹介します。健苗量産システム棟は建築面積1,338m2,延べ床面積1,471m2,鉄筋コンクリート造2階建てです。1階には仔稚魚飼育を行う120m3水槽2面,60 m3水槽4面(写真2)の他に,仔魚の最初の餌となるワムシ(大きさ約0.2mm)を培養する25 m3水槽4面(写真3),アルテミアのふ化やワムシ培養に使用する2m3FRP水槽5面,1m3アルテミアふ化水槽7面,および仔稚魚の測定や観察を行う実験室があります(図1)。
 機能上の特徴としては,前述のように疾病対策を重点的に考えました。使用する海水は電解殺菌装置(海水を電気分解し,オキシダントを発生させ,これによってウイルスや細菌を殺してしまう装置。取水,排水とも最大毎時50m3の処理能力)によって殺菌します。飼育排水は地下貯水槽に一旦溜め,ドラムフィルターで有機物のみ除去し,濃縮された有機物は加温処理後放流,処理水は電解装置で殺菌後放流するシステムを採用しています。
 その他ボイラー(186kw×2基),ブロワー(3.7kw×2基),受電設備などの必要な機械類はすべて別棟(機械棟)に収容することで,機器の修理やメンテのために飼育担当者以外が水槽室に入らないような工夫をしています。そのほかの特徴として,2階に見学通路(写真4)を設けました。防疫上の観点から水槽室に入れるのは担当者だけに制限しますので,この見学通路により,来訪者が水槽に直接アクセスすることなく飼育作業の様子が見学できます。

写真2 60 m3飼育水槽

写真3 25 m3ワムシ培養水槽

写真4 2階見学通路
 この見事な施設も「仏作って魂入れず」では仕方ありません。職員一同,病気の心配のない施設で,飼育が難しい魚類の量産技術の確立を目指してはりきっておりますので,是非見学にお立ち寄りください。