独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.045 天然ヒラメに寄生するネオヘテロボツリウムの寄生状況把握調査   2004/02/02
上浦栽培漁業センター
はじめに

写真1.
(上)ネオヘテロボツリウム成虫
(下)ヒラメの咽頭壁に寄生した成虫
 ネオヘテロボツリウムNeoheterobothrium hirameは,吸血性の寄生虫であり,ふ化幼生から成虫までの時期をヒラメに寄生して過ごすことが知られています(写真1)。寄生する場所は,ふ化幼生の時期には鰓ですが,成長するにつれてより口腔に近い部位になります。そして,最終的に口腔の最も深い部分(口腔壁)へと辿り着いた成虫は,そこで産卵を行います(写真1)。一方,この寄生虫はヒラメのネオヘテロボツリウム症の原因体として知られています。この病気にかかったヒラメは重度の貧血となり,鰓や肝臓の褪色,心臓の肥大,さらに造血組織の損傷や血液性状の劣化などの症状を示します。このため,この寄生虫がヒラメの環境変動への順応力を低下させる可能性が危惧されています。
 また,日本でこの寄生虫が初めて報告されたのは,平成5年の西部日本海沿岸です。その後,平成10年には太平洋沿岸でも認められるようになり,現在では,北海道を除く全ての海域で分布が確認されています。このような中で,近年,鳥取県沿岸でのヒラメ資源の減少にこの寄生虫が関わっている可能性が指摘されるなど,ヒラメの天然資源への悪影響が提言されるようになりました。しかし,天然海域でのこの寄生虫の生態は未だ十分には把握されていません。このため,そのような可能性について検討するにはさらに知見を蓄積する必要があります。
 ここでは,日本沿岸の天然ヒラメでのネオヘテロボツリウムの寄生状況を調査した結果についてお知らせします。
調査方法
 調査は,平成11年から15年までに宮古湾,若狭湾,駿河・相模湾及び備後灘で漁獲された天然ヒラメを対象に行いました(図1)。これらは,活魚のまま上浦栽培漁業センターに移送され,咽頭部の解剖と鰓の摘出に用いられました。また,寄生しているネオヘテロボツリウムの成虫の計数は,咽頭部の目視観察によって行い,幼虫の計数は摘出した鰓において行いました。
図1. 調査海域
結果及び考察
 ネオヘテロボツリウムが,調べた個体のうち何割に寄生しているかを示す尺度を寄生率と呼びます。平成11年から15年までの月別の寄生率の平均値を算出したところ,各月の値に統計学的に意味のある違いはなく,全体としては横ばい傾向であると考えられました(図2)。しかし,各年の年内の動きに着目すると,秋から冬にかけて寄生率が高くなる傾向があると考えられました。
 また,ネオヘテロボツリウムが寄生している個体について,何匹の虫が寄生しているかを示す尺度を寄生強度と呼びます。寄生強度についても,寄生率と同様,成虫では各月の値に統計学的に意味のある違いはなく,全体としては横ばい傾向であると考えられました(図2)。しかし,秋から冬にかけて高くなる傾向がより顕著に見られ,幼虫ではその違いが統計学的にも意味のあるものでした。
 また,成虫と幼虫の寄生率と寄生強度のそれぞれについて,調査時期の海水温と相関が見られるかどうか検討した結果,成虫の寄生強度と幼虫の寄生率に相関が見られました(図3)。
 これらのことから,ネオヘテロボツリウムの発生に季節性があることが示唆され,海水温がその要因の一つである可能性が考えられました。今後は,地域間の違いについても解析し,天然海域でのこの寄生虫の生態について,より詳細な検討を行う予定です。

図2. 平成11〜15年における月別の(a)寄生率及び(b)寄生強度

図3. (a)成虫の寄生強度及び(b)幼虫の寄生率とヒラメ漁獲時の沿岸の海水温
  R:ピアソンの相関係数, P:有意確率