独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.13  クロマグロのお仕事ちょいと拝見
2007.09.14
さけますセンター千歳事業所 大本 謙一
 水産総合研究センターには増養殖に関する研究開発等のために、種苗の生産から放流及び調査を行う部門として栽培漁業センターとさけますセンターがあります。現在、筆者は北海道のさけますセンター千歳事業所に勤務していますが、6月〜7月の2ヶ月間、部門間交流研修として奄美栽培漁業センターへご厄介になって来ましたので体験談を紹介します。

 出発の日の朝、千歳空港を飛行機が離陸して間もなく、眼下にベニザケの降下状況調査を行っている川が見えてきました。「あぁ、きょうは降下調査の日か〜」と思いながら川の流れをなぞりながら眺めていると、飛行機は調査地点上空にさしかかり、公用車と川辺を歩く職員の姿が目に入り込んできました。
 いつもは自分もそこで投網を投げているのに「空から高みの見物」といった感じで、心の中では申し訳ないと思いつつも、変な優越感に浸りながら奄美へと向かいました。

投網によるベニサケ降下状況調査

 羽田空港、鹿児島空港を経由し、奄美へ到着したのは夕日が海に沈む頃でした。南国のまとわりつくような蒸し暑さを想像していましたが、空港を出ると、わりと過ごしやすく「北海道と変わらないべや〜」などと思っていました。しかし、過ごしやすかったのは2、3日だけで、6月の奄美は梅雨入りしており、梅雨の晴れ間から降り注ぐ突き刺さるような強い日差しと蒸し暑さは、北国育ちである私の体力と、肌の白さを徐々に奪っていきました。
 奄美栽培漁業センターは奄美大島の南西に大島海峡を隔て、向かい合っている加計呂麻島にあります。加計呂麻島は複雑に入り組んだ典型的なリアス式海岸を持ち、奄美大島との最も狭い所では1kmも離れていません。その複雑に入り組んだリアス式海岸の内湾を利用したかたちで特徴的な施設が整備されています。

 センターへは瀬戸内町古仁屋漁港から加計呂麻島へと、センター所有の船で20分ほどの通勤となります。船がセンターへ近づき、まず目に飛び込んできたのは内湾を仕切っている2枚の巨大な仕切網でした。仕切網の広さは約14haあり、その中には珊瑚礁がひろがり50cm程もあるシャコ貝やイソギンチャクの中を泳ぎ回るクマノミなどが生息し、メルヘンな世界が広がる熱帯魚パラダイスのなかで、約300〜500kgの巨大なクロマグロが悠然と泳ぎ回っています。

 左上:仕切網の中を泳ぐクロマグロ
 中上:大きなシャコ貝と熱帯魚たち
 左下:生簀網に繁殖するソフトコーラル
 中下:クマノミのペアー
 右:494.5kgのクロマグロ

 センターの横には小さな川が流入しており、河口のデルタ地帯にはマングローブが繁殖し、マングローブクラブと呼ばれるノコギリガザミが生息しています。干潮時には干潟が形成され、大きなハサミを上下に振り回し潮を手招きしているような仕草をするシオマネキや、胸びれを足のように使って飛び跳ねるトビハゼ、その他多くの生物が干潟を利用し、それを狙ってカワセミやリュウキュウアカショウビンなどの鳥が飛来してきました。

左上:干潟のひろがるセンター
中上:シオマネキ
右上:センターに飛来してきたアカショウビン
左下:繁殖するマングローブ
中下:捕獲されたノコギリガザミ
右下:岩の上で休むトビハゼ
 奄美栽培センターではクロマグロの幼魚と親魚の養成、安定採卵技術開発、採卵された卵のmtDNAによる親魚個体識別、初期飼育の安定化技術開発などが行われており、給餌作業や採卵作業、採卵された卵の消毒、ふ化仔魚の飼育池への収容、生簀網の撤去作業、その他にも沢山の業務をさせてもらいましたが、その中で私は主に、採卵と採卵チェックネットで回収された卵の発生段階の確認を行わせてもらいました。

 クロマグロの産卵は海面温度が急激に上がり24℃を超えると始まります。あらかじめ設置されていた、産卵を確認するためのチェックネット(写真のように漏斗状のネットを逆さに吊したもの)にクロマグロの受精卵が確認されると、職員の目の色が変わり戦闘体制に!どこの現場も生産期に突入すると同じ顔つきになるようです。
 クロマグロの卵は、100kgを超す巨体に似合わず1mm弱の非常に小さな分離浮性卵で、産卵が行われると海面に浮上してきます。産卵チェックネットはその特性を利用して、浮上してきた受精卵を回収し、発生過程の観察を行い、産卵時刻の特定をするのに利用します。
 通常クロマグロの産卵は夕方から日没後数時間以内に行われるため、産卵時刻の特定が重要になります。しかし今回の産卵は、多少誤差はありますが連日8時30分から10時00分までに行われました。午前中の産卵は世界的に見ても観察例が少なく、貴重な行動を海上と海中から観察ができ、海中観察では至近距離からの産卵を確認することもできました。
 クロマグロの産卵行動は、その大きさからもわかるとおり非常に派手で、第二背鰭背面から尾柄部背面が青白く変色した1尾の雌を黒く興奮した数尾の雄が水面直下を円を描くように追尾したり、螺旋を描くように潜行、または浮上しながら追尾し、その間に放卵、放精が行われました。プレスリリースにこの動画が出ていますので,ご覧ください。

左:採卵チェックネット 中:クロマグロの派手な産卵行動 右:追尾行動

 普段、筆者が扱っているサケの卵は卵径7〜8mmと魚の中でも特に大きく、水温8℃でふ化まで60日を要し、ふ化直後の仔魚の全長は22mmほどで、受精してから、さい嚢を吸収し摂餌をするようになるまで120日と長い時間を費やします。
 一方、クロマグロの発生はサケと比べると早送りで見ているような驚きの早さで、水温27℃で約23時間でふ化が始まりました。ふ化後1日目の仔魚は全長3.5mmで 4つの特徴的な黒色素が確認され、2日目で開口し摂餌が可能となりました。ふ化後30日を超え全長30mm以上になると、海上生簀に収容して中間育成をするのですが、このとき奄美は台風4号が直撃したため、台風の通過後に沖出し作業を行いました。
 近頃、北海道にもたびたび台風が上陸しますが、やはり本場の台風はレベルが違います!まるで地鳴りのような雨風の音と、地震が来たかのような揺れが1日中続きました。

左上:ふ化直前の卵  右上:4つの黒色素が特徴的な仔魚  下:沖出しされた稚魚
 サケとクロマグロでは、魚や卵の特性が異なり、取り扱い方や計数方法など違うところが沢山あり、戸惑うことばかりでしたが、さけますで凝り固まった脳細胞に刺激が与えられ、とても有意義な研修でした。このような研修の機会は、これからもっと増やしていってもらいたいですね。
 奄美栽培漁業センターの皆様にはたくさんの技術や手法を教えていただき、本当にありがとうございました。まだまだ奄美は暑い日が続くと思いますが、暑さに負けず頑張って下さい。

 それにしても最近の北海道はどうしてしまったのか?奄美に負けず猛暑が続いております。今時、エアコンのない千歳事業所の室内はきょうも温暖化し、奄美栽培漁業センターの事務所より高温です。
 あ〜暑い!こんな日は珊瑚礁のひろがる青い海で、熱帯魚たちと海の中で泳ぎたい!! …熱中症と珊瑚が恋しくなる珊瑚症になりそうです。

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