独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.9  ちょっとまいったマアジの話
2007.05.18
本部業務推進部 栽培管理課長  岡 雅一

魚を飼う現場では、こうなるだろうと思って実験、もしくは飼育をやってみると、全く予想と反することが起きてしまったなんてことはよくある話です。
前回のコラムもそういった典型例ですが、今回、マアジについて、筆者が体験した話を紹介してみます。

約25年前――
日本栽培漁業協会の上浦事業場(現、養殖研究所上浦栽培技術開発センター)では
先輩職員の方々がマアジの親養成に関わっておりました。
当時、マアジの採卵には
天然魚を1,2年生け簀で飼った親を使って
6月ごろに生腺刺激ホルモンを注射し
蒸気ボイラーで飼育水槽の水温を上げることで
なんとか数十万粒程度を採卵していました。

しかしながら、マダイのように大量に安定して採卵する
といった状況とはほど遠いものであったため
マアジを自然産卵させるべく、新たな作戦を展開することとなりました。

親候補のマアジはもともと天然魚とはいえ
生簀の中で敵もいない、餌も充分の状態で飼われていたため
天然魚との体型比較からすると太りすぎの体型でした。

そのため、先輩職員達は
マアジの腹腔内をはじめ体の過剰な脂肪が
産卵に悪い影響を与えているのではないかと考えを巡らし
  ↓
対策には飼育魚の肥満の解消が必要で
  ↓
肥満解消には運動
  ↓
魚を運動させるには水流
  ↓
水流を得やすいのは円形水槽!

という四段、五段論法?で
直径12m程の円形のキャンバス水槽を海の上に設置し
ポンプで水流を起こし、その中に収容すれば
  ↓
マアジ君が水流に逆らって泳ぐことで肥満が解消され
  ↓
いやほど産卵してくれる!
というような夢を描いていました。


上が普通のマアジ
下はメタボリックな太り気味のマアジ

キャンバス水槽は完成し、ポンプの試運転も何の問題もなく
準備は整い、いよいよマアジ君のダイエット作戦開始です。
生簀から魚を掬って入れたまで良かったのですが
次の瞬間、みんなのバラ色の産卵計画が崩れ去りました。

期待のマアジ君たちは
水流の緩い中央にみんな群れになって
ゆっくり泳いでいます。
水流のきつい側面にはいっこうに近づきません。

これを見て一同
マアジは別に好きこのんで泳いでいるわけではない
ということに初めて気づかされました。
アジ(鯵)は漢字で書くと「魚」ヘンに「参る」ですが
この時ばかりは我々が「参った」状態でありました。

その後、マアジが集まっていた中央付近に
トリカルネットで円形の部分を取り付ける改良を加えたことで
円形水槽がドーナツ状になり
物理的にマアジ君達の生活空間は水流がきつい所だけとなってしまったので
しょうがなく水流に逆らって泳ぐようになり
肥満度もわずかばかり改善しましたが
残念ながら自然産卵には至りませんでした。

しばらくしてマアジの技術開発自体が休止されたため
肥満解消と産卵の関係も明らかにはなりませんでしたが
ある意味、マアジの本質をかいま見た大変貴重な瞬間だったのではないかと思います。


水流の強い外側を避け、中央に集まるマアジ

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