独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.72 良い「お母さん」は…天然…?
2010.5.14
宮古栽培漁業センター 野田 勉
5月だというのに例年になく寒い三陸沿岸、陸上には桜が美しい時期になっていますが
海の中は例年と比べると約2℃低く、まだ初春の様相を保っています。

そして毎年、母の日を過ぎると、宮古栽培漁業センターで飼育しているクロソイ(養成親魚)たちが次々と出産し始めます。
(クロソイは卵から子供(仔魚)になるまでお腹の中で育てる「仔魚を出産する」魚なのです)
…そして、毎年「元気の良い仔魚を産んでくれない!」と
担当者の野田が泣きをみているのも、この時期です(さいばい日記参照)。

宮古栽培漁業センターでは、このように養成親魚から良い仔魚が得られないこともあるので、
安定的に種苗生産するために、市場で水揚げされた親魚(天然親魚)から仔魚を得ることもあります。


ただ、この天然のクロソイ親魚と養成親魚からとれた卵と仔魚を比較すると
実はいくつか「異なっている点」があります。


  写真1 お腹の大きなお母さんクロソイ
■ 受精率
この時期に獲れる大きな天然の雌は、全てがちゃんと受精した卵を持っています。
養成親魚も本来高い割合で受精するのですが、飼育条件によっては受精率が低くなってしまうこともあります。
例えば、親魚の飼育密度が高いと受精率が下がることが確認されています。
また、交尾期は活発に泳ぎ回るため、水槽の大きさなどの飼育条件に注意する必要があります。
加えて、水槽周囲の人の出入りや施設の工事などの騒音によるストレスも受精率に影響を与えるので配慮が必要です。
■ 油球の色
仔魚はお腹に油球という栄養分を持っています。
天然親魚から産まれた仔魚の油球は「黄色」です(写真2)。
一方、養成親魚から産まれた仔魚の油球は透明です(写真3)。
写真2 天然親魚の子供                      写真3 センターで通年飼育した親魚の子供

飼育上、特に問題はないのですが、天然魚の油球が黄色と言うことには何か意味があると考えられます。
色々調べていくと、黄色い成分は「アスタキサンチン」という色素と関係がありそうだということが分かりました。
この「アスタキサンチン」は、エビやカニなどの甲殻類によく見られる色素で、
最近はヒトにも生理的な役割が確認され、健康食品やサプリメントにもなっているようです。
クロソイの仔魚にとっても、特別な働きがあると考えられますが、このことは今後の研究課題です。

宮古栽培漁業センターでは、餌料コスト、餌の大きさなどの問題から、養成親魚にエビやカニは与えていません。
サバ、サンマ、カタクチイワシ等、大量に確保できる魚類が中心です。
しかし、天然のクロソイはエビやカニはもちろん、宮古湾周辺の豊かな魚介類をいっぱい食べて生きています。
「様々な餌をいっぱい食べ、余計なストレスが無いこと」
このような天然親魚と養成親魚の違いが、仔魚にまで及んでいると考えられます。

それならば、天然親魚だけを使えば良いと思われるかもしれません。
しかし、傷の少ない、良い状態のクロソイが水揚げされるかどうかは不確定な上に、
市場から運び入れることは、出産を控えたクロソイにとってはたいへんなストレスで、
予定より早い段階で仔魚を産んでしまうことも良くあります。

一方、養成親魚は水槽で飼育するので人間の管理下におくことができ、
水温のコントロール等で種苗生産時期にあわせて計画的に出産させることができます。
しかし、給餌や残り餌の掃除などの作業を一年中行わなければならないという欠点もあります。
このように、養成親魚と天然親魚にはそれぞれ長所と短所があるので、
各機関の事情に合わせてどちらを使うか選択することが重要です。

ちなみに、先述の通り、現在宮古栽培漁業センターでは養成親魚と天然親魚の両方を飼育しており、
良い仔魚を選んで(参考トピックスNo.150)種苗生産を開始する予定です。
おそらく、5月の下旬には出産が始まることでしょう。


さて…野田も「アスタキサンチン」豊富なエビやカニなどを食べ、クロソイの生産に挑みたいと思います。
え!…野田も米と納豆ばかり食べてないで、野菜も食え??…その通りですね…
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