独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.63 ウナギの生まれ故郷へ〜調査船「開洋丸」乗船記〜 その9 最終回
2009.8.21
南伊豆栽培漁業センター 場長 加治 俊二
前回のお話→
前回の続きである。

6月4日未明。
ウナギ発見に湧く開洋丸船内は喧噪がまだ続いていた。
前回、中トロの片付け作業を始めたと書いたが、ウナギが捕れた場合は、
続けて同じラインを逆方向に曳く段取りになっていた。
作業は即座に2回目の中トロの準備作業へと変わった。
1回目の揚網終了から30分もしない1時過ぎに2回目の投網が始まり、
180m水深層を2時間曳いて、明け方4時42分に揚網した。
残念ながら、ウナギは捕れなかった。

この2回目の中トロ曳網中、我々はと言うと、
親ウナギが採れたときに想定していた作業をあたふたと行っていた。
まず、死んでいた2匹目を撮影、測定、開腹。
開腹するとホルモンで催熟した雄と全く同じ団扇型の房が
たわわに並ぶ立派に成熟した精巣が出てきた。
初めてみる天然のニホンウナギの成熟個体だ。
小さいほうを撮影中
(バックがサンプル容器入れの蓋というのが泣ける!!)
生きていた1匹目についても、このまま生きて連れ帰るのがベストだが
難しいだろうということで、解剖することになった。
この時はまだニホンウナギだと思っている。

さらに、私だけだっただろうか、思い込みはもう一つあった。
2匹が同じ網で獲れ、大きさも相対的に大小ペアだ。
だから、小さいほうが雄と判明した時点で、
「じゃあ、大きいこいつのほうが雌だな」と単純な脳みそは思い込んだ。
どんな卵巣を持っているのか。
現在、ウナギは一生一回産卵という説が有力だが、本当にそうなのか。
こいつの卵巣次第でその説が否定されるかもしれない。
だが、出てきたのは小さいやつと同じ立派な精巣だった。
 前回の画像では生きて泳いでいたオオウナギに麻酔をかけて採血中
 (眼と口が大きく首があるような感じで恐竜っぽい。
 やっぱりオオウナギには見えない。右上は顔のアップ)
何度も言うが、こいつは後日オオウナギと判明した。
ニホンウナギとオオウナギの成熟した雄がこんな大海原のほんの1滴の海水を掬った程度の網で一緒に獲れたわけである。
皆さんはどう思う?
産卵場所も産卵時期も産卵時の月齢も同じなのだろうか?
新しい発見は新しい謎を生むらしい。
今後の研究者達の見解を楽しみに待とう。

6月4日17時、St.E18。
当然ながら、前回と全く同じ位置にいる
(6月2日のSt.E15からは数字は違えど位置は同じ)。
親が獲れたということは子供(受精卵あるいはふ化したての仔魚)も
この辺りでうろうろしているはずである。
いるとしたらどの水深帯にいるのか、ということでアイオネス(その4参照)による
水深帯別の採集を試みた。
しかし、残念なことに機械の不調で水深帯別の採集はできず、
結果的に一つのサンプルとしてソーティングせざるを得なくなり、
卵や仔魚を採集することもできなかった。
あとは、中トロで「2匹目のドジョウ」ならぬ
「2匹目の成熟ウナギ、できれば♀」を狙うのみ。
とは言え、いくら何でも連チャンでの当りはないだろうというのが本音だった。
アイオネス投網中
(受精卵あるいはふ化仔魚を狙うが空振り)
22時30分頃、曳網開始。
今回も240m水深を2時間、180m水深を2時間の曳網で2時40分頃に曳網終了。
そして、3時過ぎに獲物を回収して宝探し開始。
果たして、全長51.3cm、体重152gの「2匹目のドジョウ」が居た。
発見者はT隊長。
前回同様に体は小さいが立派な精巣を持った♂だった。

本航海のクライマックスが終わった。
この後も6月10日の未明までに中トロ操業を7回実施したが、
親ウナギが姿を見せてくれることはなかった(やはり産卵は新月なのだ)。
ただ、6月6日から7日にかけて、白鳳丸が親ウナギ発見場所の南南西で
大量のふ化したての仔魚の採集に成功していた。
これも共同で調査を実施した賜物だろう。
2匹目のドジョウならぬ、2匹目のニホンウナギ
(眼がやはり大きい:左下)
さて、だらだらと続けさせていただいた航海記だが、これで終了する。
尻切れトンボの感が否めないが、御勘弁を。

私の乗ったこの航海の後、開洋丸は9月には親ウナギを、しかも♀を、2尾発見した。
さらにそれだけでは終わらなかった。
今年(平成21年度)の調査でも中トロを使ってさらに多くの親ウナギの発見を成し遂げている(2009.6.30プレスリリース参照)。
これらのウナギ達からたくさんの研究成果が得られるはずであり、
私の本業であるウナギの採卵技術や仔魚飼育技術の開発にもたくさんのヒントを与えてくれるはずである。

何よりも「中トロ」という親ウナギ採捕のツールを手に入れたことはとても大きい成果だ。
今後のウナギ研究において大きな戦力となるはずで、もしかしたら研究が一気呵成に進展する可能性もある。
これからの調査も楽しみにしたい。









6月12日。
東京帰港3日前の片付け作業風景。
(良く働いてくれたIKMTやアイオネスの網をきれいに洗浄)
←前のコラムへ | コラム一覧へ | 次のコラムへ→    
→トップページへ戻る