独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.57 ウナギの生まれ故郷へ〜調査船「開洋丸」乗船記〜 その8
2009.6.23
南伊豆栽培漁業センター 場長 加治 俊二
前回のお話→
6月1日、航海も12日目に突入する。
我々に、昨夜の(ドラマ風に言えば)「小海山2の夜会〜トゲメオキムツの憂鬱〜」(その7参照)の余韻に浸っている時間はない。
18時、St.E14(13°50′N-142°10′)。
ここは2005年6月に白鳳丸がふ化したてのウナギ仔魚を50尾近く採集した場所である。
今日はここを曳いたが、成果は無かった。

さて、久しぶりにウナギ仔魚レプトケファルス達の飼育状況をお知らせする(これが本業なのに)。
この日までに生き残っているのは最初の32尾中25尾となった。
取り上げた7尾は完全に死亡しているわけではないのだが、回復の見込みの無いものばかりであった。
症状としては多くは頭部の白濁と喉部での餌の詰りで通常の飼育でも見られる症状であり、清澄な外洋水の効果は認められていない。
と言っても、現状の飼育方法ではシラスウナギになるまでに早くても200日近くかかることを考えると、
そのうちの20日程度の飼育結果で結論づけるのは早計だ。
また、使用している海水は外洋とは言え、水深3mくらいから汲んでいる海水なので
正確にはウナギの仔魚が生息しているであろう水深帯の海水とは大きく異なる。
この点も今回の飼育試験設定の苦しいところだ。
この場所で採卵し、北赤道海流を漂いながら半年間、
水深100〜200mあたりから汲んだ海水を使ってシラスウナギまで飼育する、なんてことは不可能か。
でも、やってみたい。
6月2日、航海13日目。
18時、St.E15(13°00′N-142°30′)、スルガ海山からさらに南へ140km、
これまでの航海で最南端となる位置まで来た。
もう新月は目前である。それなのに、少しずつ海山から遠ざかっている。

実は当初の計画では新月までスルガ海山周辺を集中的に調査する予定だった。
しかし、成果がない。
ウナギに関しては百戦錬磨の頼もしい相方である白鳳丸のほうも
海山の西側で精力的に卵と仔魚を探すが苦戦している。
そこで、大胆にも、海山付近での産卵の可能性は低いと判断し、
開洋丸は南を選択してここまで来た。
  開洋丸の航跡〜南へ、さらに南へ〜
  (赤丸がぐじゃぐじゃしているところがスルガ海山の位置)
間違ってないのか。
産卵場から外れていないのか。
逆に北へ上がるべきではないのか。

現に5月24日には白鳳丸が北緯16°あたりで
10mm前後の仔魚を採集しているわけだから、北でも良かったはずだ。
しかし、正解を導き出せるような決定的な情報はない。
T隊長の悩みは如何ばかりだっただろうか。

調査はいつものように始まった。
IKMTでウナギ目魚類らしき受精卵が、
1個だけだが、採取された(後のDNA鑑定でニホンウナギではないと判明)。
中トロでは、潮流に乗って来たのか、沿岸性の魚類がやや多い印象。
親ウナギは採捕されず。

6月3日、航海14日目。
「こよみのページ」というHPによると
新月となる正確な時間は日本時間で6月4日の明け方4時だそうだから、
今晩から既に新月と言ってもいい。
そして、何と劇的なことに、
この闇夜の2日間が航海のクライマックスとなった。
1年経った今でも「あれはホンマやったんやろか」と思う。
中トロの先端の取り出し口
(黄色いロープで、鎖結びという結び方だと思うが、コッドエンドを閉じる。
この結び方だと開けるのが簡単。上が閉じる前、下が閉じた後。)
前日の結果を受けての判断は、「動かずに同じ場所でやる」であった。
CTDは無しで、IKMTから調査は始まった。

報告書の観測野帳によると、
17時00分にIKMT曳網開始、同23分巻き上げ開始、18時15分曳網終了。
続けて、中トロ。
18時42分投網開始、 19時37分から水深229mで曳網2時間、21時37分揚網、
同50分から水深177mで曳網2時間、23時50分揚網開始、6月4日0時37分揚網終了とある。
2つの水深帯を連続して2時間ずつ曳いたことになる。

期待はもちろん常にあったが、予感は全くなかった。
クレーンで網を吊り揚げ、コッドエンドを浮かして取り出し口のロープを解き、籠の中に獲物を入れた。
海の男達は片付け作業を始め、我々は獲物の重量を測り、ウナギを探し始めた。
ここまではいつもの光景であった。
探し始めてどのくらいだったろうか、今日もアカンのかなぁと思ったことは憶えている。
悲しいかな、発見時の前後をはっきり思い出せない。
(何にも無い時は柄にも無くその日を反芻しながらメモを取っていたくせに肝腎な時にメモってない。)

第一発見者は九大大学院のT君だった。
そして、M先生が確認する。
弱ってはいたが生きていた。
みんな頭が空っぽになったらしく、一瞬生きて獲れた時の段取りを忘れていた。
早く水槽へという誰かの言葉で、水槽係の東京海洋大S君が毎日用意しては空しく利用されなかった水槽が初めて活用されることとなった。

さらに、である。
1匹でもえらいこっちゃと言ってるところに、T隊長がやや小さめの 2匹目を発見。
こいつは残念ながら死んでいた。





生きて獲れたオオウナギ。
この時はニホンウナギと思っていた。

下は正面からの画像。
画像が悪くて申し訳ないが、目が異様に大きく、
オオウナギの特徴の斑模様は全くないのがおわかりになるかと思う。

ここで、後日行った鑑定結果を挟む。
この生きていた1匹目はDNA鑑定でニホンウナギではなく、オオウナギと同定され、
死んでいた2匹目はニホンウナギと同定された。

図鑑とかで見て頂くとわかるように、この2種の外見は全く異なる。
オオウナギのほうは明瞭な斑模様があり、ニホンウナギにはそれが全くない。
通常は素人でも間違いようが無いのだが、
産卵場で獲れた両者はどちらにも斑模様は見えず、全体に黒っぽくて一見して違いはなかった。
正直に言えば、私にはオオウナギにもニホンウナギにも見えなかった。
ウナギ科ではあるかもしれないが、この辺にいる深海性のウナギじゃないのか。
また、餌を摂らずに数千kmを泳いで来たウナギにしては小さ過ぎるのではないか
(全長で62.3cmと48.5cm、体重で314gと112g)、
このサイズでここまで辿り着けるのかという疑問があった。
そんな訳で、喜びながらも「ホンマに」という言葉が何回も口をついた。







発見現場。
中央やや上の横線が北緯13°線。左端近くの縦線が東経142°線。
赤い線が開洋丸の航跡で横(東西)に動いているところが中トロを曳いた場所。
見難いが数字は水深を示し、1,173m〜3,975mとけっこう起伏がある。
その9に続きます…)
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