独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.52 栽培漁業の“初心”
2009.4.17
宮津栽培漁業センター 町田 雅春
昨年12月、私はアカアマダイを輪島のブランド魚にしようとがんばっている石川県漁協輪島支所を訪問し、イラストマー標識の指導を行ってきました。

訪れた輪島支所の荷捌所の2階には、半透明のシートで被われた横長の5トン水槽があり(写真1)、こぎ刺実行組合の漁業者33人が交代でアカアマダイ稚魚の飼育を行っていました。
漁業者たちはイラストマー標識が初めてであったにもかかわらず、7cmほどの稚魚の額に注射針を差し込むという緻密な作業にもすぐに慣れ、“全国どこでも標識作業に行くぜ!”と言うまでになりました。

今回の標識作業を企画した石川県水産総合センター企画普及部普及指導課の井上さんから投稿をいただきましたので、ご紹介します。
写真1
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こんにちは。石川県水産総合センター企画普及部の井上と申します。
今回は、宮津栽培漁業センターの町田さんに、石川県漁協輪島支所で中間育成に取り組んでいる
アカアマダイ種苗へのイラストマー標識の講師として、輪島に来ていただきました。

アカアマダイは輪島の主力商品の一つであり、漁獲量が昭和60年代には90トン近くありましたが、
近年は30トン近くにまで落ち込んでしまいました。
地元の漁業者は、5年ほど前から、目合いの大きな網を使うなど資源保護に取り組んでいます。
今回の種苗放流は、さらに資源の増大を推し進めるための漁業者自らの取り組みです。

当初の計画では、今年度は宮津栽培漁業センターからアカアマダイ種苗を譲り受け、すぐに放流する予定でした。
しかし、漁業者の中から、
「単に直接放流したのでは、捕食者の餌になってしまい、資源増大に繋がらない。中間育成してから放流すべきだ」
との声が上がりました。
企画普及部の立場としては、漁業者の意思を尊重したいものの、
石川県ではアカアマダイの中間育成に取り組んだ例がなく、
3ヶ月に亘る中間育成中に全滅してしまうかもしれないというリスクもあります。
このことを漁業者に伝えると、漁業者からは、
「たとえ全滅のリスクを負ってでも中間育成に取り組み、次年度に向けたデータ収集を行いたい」
との意見が出ました。
ここから、漁業者と漁協、そして石川県水産総合センター企画普及部の「3本の矢」体制で中間育成計画がスタートしました。

中間育成を行うためには、まず健全な状態で種苗を宮津から輪島まで輸送してこなければなりません。
種苗の受け取りに立ち会う漁協職員と当センター職員で話し合った結果、
1,000尾の種苗を2つの1トン水槽に分けてトラック輸送することになりました。
種苗の運搬をしたことがある方なら分かるかもしれませんが、この割合は一般的な活魚輸送に比べると低密度です。
しかし、種苗を健全な状態で輪島へ送り届けること、万が一途中で死んでしまった魚が見つかった場合にも、
全滅を避けることなどの安全策を最大限に考慮し、水槽を2つ使うことになりました。


いざ輸送当日、約一千尾の種苗を1尾ずつカウントしてから水槽へ積み込みます(写真2)。
種苗の大きさは4〜5cm。
そのかわいらしい姿に癒されると同時に、
輪島まで無事に輸送できるのだろうかと不安な気持ちにもなりました。
  写真2
12月19日、宮津を9時45分に出発後、30分から1時間おきに停車して種苗の様子と水質をチェック。
水槽をのぞくたびに種苗が無事でいてくれるかハラハラしました。
運転手の方も、不安な私の表情を読み取ってか、快く停車してくれます(本当はノンストップで輪島に帰って早く仕事を終えたいはず・・)。
途中、酸素が止まっていたなどのアクシデントがありましたが、アカアマダイは約7時間の輸送に耐え、輪島にたどり着きました。

輪島では、多くの仲間がアカアマダイの到着を待っていました(写真3)。
すぐに皆で種苗をバケツリレーで中間育成用の水槽に搬入しました。
搬入から数日間は、輸送作業の際にダメージを受けて死んでしまった個体もいましたが、それも徐々に落ち着いてきました。
アカアマダイは順調に成長し(写真4)、搬入から約1ヶ月経過した1月末の時点で、生残率はなんと95%!
予想以上の好成績でした。

  写真3                      写真4
皆で喜んでいるところへ、漁業者から標識放流してはどうかと、さらなるチャレンジが提案されました。
この意見を聞いた私は、少々戸惑いました。
予めアマダイに適した標識放流について調べていたのですが、
水研センター栽培漁業センターのHPのトピックスにもあるとおり、通常のタグは使えないことを知っていたからです。
宮津栽培漁業センターや、アカアマダイ放流の先進県である山口県では、
イラストマー蛍光タグを用いた標識を行っているのですが、私には扱った経験がありません。
どうしようか?しかし、漁業者の熱意には応えたい。
そんな折、種苗の受け取り時に宮津栽培漁業センターの町田さんが
「いつでもイラストマー標識の現地指導に赴きます」と言っていたことを思い出しました。
すぐさま連絡をとってみると、町田さんは快く引き受けてくださいました。

標識作業の手順について、何度も町田さんとメールや電話でやりとりし、
二転三転しながらもなんとか決まったのは標識作業の2日前でした。
漁業者の皆さんに手順について説明すると、
「注射針を刺してアカアマダイは死なないのか?」
「そんな小さな標識で見つけられるのか?」
等、いろいろな質問が飛んできました。
しかし、全てはやってみてから、ということで、町田さんの到着を待ちました。


当日は、町田さんにお手本を見せていただいた後(写真5)、多くの漁業者、漁協職員とともに標識作業を行いました。
最初は、
「そんな細かい作業できん!」
「額じゃなくて脳にまで針を刺してしまいそうや・・」
など、ほとんどの人が様子見を決め込んでいました。
それでも、数人の積極的な人が標識を打ち始め、上手にできるのを確認すると、
徐々に作業に加わる人が増えていきました(写真6)。
そして、全ての種苗に標識を終える頃には、
「これなら、来年もできる」といった力強い声まで聞くことができました。

  写真5                      写真6


標識を施されたアカアマダイの額はオレンジ色に輝いていました(写真7)。
中には施した標識が小さく、再捕されたときに発見できるか不安な種苗もいましたが、
全員が初めての作業であったことを考慮すれば、
1尾も死なせなかったことは上々の結果だったと思っています。

標識を終えた約九百尾のアカアマダイは、水槽に戻され、徐々に落ち着きを取り戻しました。
標識作業の前日から絶食していたこともあり、
種苗の体力が回復するのを待ってから放流する計画です。
  写真7
今回の取り組みでは、漁協の職員に任せっきりにせず、漁業者が率先して中間育成に取り組んだ結果、
胸を張れるような好成績を1年目にして残せたこと、そして最先端のイラストマー標識技術までも貪欲に身につけるという
こちらの想像を超えた漁業者たちの熱意に、資源管理に対する真剣な思いを肌で感じました。
今後も、このグループの取り組みは資源増大に留まらず、多岐にわたっていきそうな気がします。
わたしは企画普及部の職員として、このような熱心なグループに対して、
自分ができることは何なのかを考えながら支援していきたいと思いました。
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私が輪島に到着し、こぎ刺実行組合の組合長と相談役の方にお会いした際、
手渡された名刺に、活きの良いアカアマダイの写真が印刷されているのを見て、
輪島の人たちのアカアマダイへの強い思い入れを感じました。
その夜は、こぎ刺組合員、漁協職員、普及部の方との意見交換会が開催され、
私がアカアマダイの種苗生産と放流について話をすると、矢継ぎ早に質問が飛び交い、遅くまで意見交換が続きました。
その中で、こぎ刺組合の組合長はアカアマダイの種苗放流について
「輪島の次の世代に残すことができる仕事」
とおっしゃり、私は深く感銘しました。

この輪島で過ごした時間の中で、漁業者がアカアマダイの種苗を
一生懸命に育成している姿を目の当たりにし、このような漁業者たちの真摯な姿勢に、
わたしは、かつて自分が体感した栽培漁業の初心を思い起こしました。
これからも輪島がアカアマダイの栽培漁業基地として、熱くなれるように応援したいと思います。
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