独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.42 トラフグ栽培漁業の舞台裏 (7) 最終回
2008.12.01
前回のお話:さいばいコラムNo.41 トラフグ栽培漁業の舞台裏 (6)→
フグブランドと栽培漁業
宮津栽培漁業センター 町田 雅春
トラフグブランドの立ち上げ
トラフグの栽培漁業を進めるためにはトラフグの味にも親しむ必要があると、南伊豆の担当者を誘って舘山寺温泉の割烹旅館を訪ねました。
この時たまたま、「遠州灘天然とらふぐ」のブランドを立ち上げ、舘山寺温泉の活性化を図ろうとしている仕掛け人の皆さんが集まっており、
ブランドの立役者と出会うきっかけになりました。

ここで「遠州灘天然とらふぐ」ブランドが立ち上がった経緯についてお話します。
養殖ものを含めたトラフグ全体の漁獲量は全国で約6000トンといわれ、このうち天然トラフグはその1割の600トン前後です。
つまり、流通しているフグの9割が養殖ものであるのが現状です。
さらに、天然ものの6割の360トンは遠州灘(静岡、愛知、三重県の海域)で獲れますが、
大部分は下関へ、残りは名古屋、東京へ流通していました。
遠州灘は日本有数のトラフグの産地(全国の6割が漁獲)でありながら、そのことは意外と知られていません。
実は、地元の人たちですら遠州灘でフグが獲れることをほとんど知らないのです。

このような状況の中で、ブランド立ち上げのきっかけとなったのは、平成16年に浜名湖周辺で開催された“花博”でした。
開催の一年前から観光客誘致のため、さまざまな取り組みが展開されていました。
その目玉が遠州灘で漁獲される天然トラフグだったのです。

ブランド化への取り組みの手始めとして、割烹のご主人たちがフグの加工場を造ろうと呼びかけ、市場関係者との交渉を開始しました。
この時、漁業組合、漁業者、仲買人、加工組合との間の調整役を積極的に買って出たのが、
浜名漁協でトラフグ漁業に従事している 青年漁業士の方でした。トラフグの地産地消を実現するのが彼らの夢だったといいます。
このような人たちの「地元をトラフグで活性化させたい」との願いが1つになり、「遠州灘天然とらふぐ」のブランド化が実現できたのです。

加工組合のトラック(「遠州灘天然とらふぐ」のマークがついている)

平成15年10月、念願の「フグ加工処理工場」が完成しました。
フグ加工処理工場を建設するに至ったのは次のような目的がありました。
フグを調理するには資格が必要です。
この資格を取るのはけっこう難しく、しかも時間がかかります。
また、舘山寺温泉のそれぞれの旅館で板前さんがフグを調理できたとしても、大勢のお客さんに料理を出すのは大変なことです。
おまけに、処理した残渣には毒があるので簡単に捨てることはできず、厳しい管理義務が課せられています。
ですから、フグ調理資格をもったスタッフを集め、フグ加工処理工場で大量のフグを調理し、
処理したフグを各旅館に提供すれば、各旅館は大勢のお客さんへ安心して料理を提供できることになりますし、
旅館で面倒な残渣の処理等をする必要もなくなるというわけです。

しかし、このブランド化も順調にはいきませんでした。
平成15年の東海三県の漁獲量は550トン、平成16年250トン、平成17年150トン、平成18年100トンと漁獲量は激減し、
漁獲の減少にともなう仕入れ単価の高騰は、たちまち工場の経営を圧迫しました。
宣伝効果もあり、1シーズン(10月〜3月)に2万人の集客には成功しましたが、
加工処理したトラフグの在庫はたちまち底をつき、せっかくの予約を断る事態に陥ってしまいました。
天然魚を扱う難しさを痛感したそうです。
このようなこともあって、トラフグ栽培漁業による漁獲量の安定が期待されているのです。
宝の山との遭遇
たまたま私が割烹を訪ねていたときに、フグ加工処理工場のスタッフとなるフグ調理師の皆さんが集まっていて、
その方達へ私も紹介していただきました。
それがきっかけとなり、フグ調理師の皆さんと親しくお付き合いさせていただくことになりました。
その後、工場長にトラフグを処理する工程を見学させてほしいとお願いしたところ、快く受けてくださいました。

何度か工場に足を運ぶうちに、トラフグの放流効果調査に役立つ幾つかのアイデアが浮かんできました。
放流の効果の調査方法の1つに、放流魚の耳石を染色し、市場に揚がった魚を購入して耳石を取り出し、
耳石の染色の有無で放流魚か天然魚かを区別するという方法があります。この方法はトラフグでも用いられています。
この耳石が、ふぐ加工処理工場の処理工程で廃棄される部位に含まれていたのです。
廃棄されている耳石を使えば、高価なトラフグを購入しなくても大量のサンプルを得ることができます。
まさに宝の山を掘り当てたようなものです!

この耳石は私たちが進めているトラフグの栽培漁業にとって、喉から手が出るほど欲しいものであることを工場長に伝えました。
工場長の協力によって、冷凍保存した耳石の混入部位を定期的に南伊豆に送ってもらえるようになり、
耳石の大量採取が可能となりました。
舞阪で漁獲された数千尾のトラフグ親魚の耳石を無償で収集できる体制が整ったのです。

左:廃棄される部位(耳石が含まれている)
右:トラフグの耳石
また、フグ加工処理工場では「ひれ酒用」(写真5)にトラフグの鰭を乾燥しています。
ある時、工場から「乾燥した鰭にイラストマー標識が見える」(さいばいコラムNo.39参照)という連絡がありました。
工場に行き、鰭を見てみると、その基部にイラストマー標識があるのを発見しました。
そこで、イラストマー標識のついた胸鰭は乾燥せずに冷凍保存してもらうようにお願いし、耳石とともに送ってもらうことになりました。
柳の下にドジョウは2匹いないと言いますが、私は2つ目の宝の山にも遭遇できたのです。
人と人との繋がりが掘り出した宝の山です。

胸鰭に光るイラストマー標識
最後に
東海三県のトラフグ漁業は、平成元年、2年は大豊漁、平成8〜11年は不漁、平成12〜14年は大豊漁と、豊漁と不漁を繰り返しています。
一方、トラフグの種苗放流は昭和61年度に愛知・三重で始まり、昭和63年以降本格的になり、
三重県を中心に大量の種苗(30〜60万尾)が放流されてきました。
漁業者は不漁の年に放流したトラフグが市場に揚がるのを見て、放流の効果を実感したのではないでしょうか。
また、近年では「宝の山」から得られた大量のデータを元に、漁業者がおぼろげに感じていた「実感」を、
数字としてはっきり示すこともできるようになりました。

栽培漁業を成功させるためには、人と人との繋がりを大切にして取り組むことも、
技術や研究レベルとは別の面で重要な要素であると思っています。
このことを、これから栽培漁業で日本の沿岸資源を増産したいと、
熱い気持ちを持っている栽培関係者に伝えることが、このコラムを執筆した目的の1つでもありました。
この気持ちが伝わっていることを期待します。


  浜名漁協トラフグ延縄漁業者               再捕された放流トラフグ(放流後40ヵ月、全長52cm)
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