独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.39 トラフグ栽培漁業の舞台裏 (5)
2008.11.04
前回のお話:さいばいコラムNo.36 トラフグ栽培漁業の舞台裏 (4)→
三人寄れば文殊の知恵 試行錯誤で深まる連帯感 宮津栽培漁業センター 町田 雅春
いよいよ始まった共同放流事業、その前に・・・
平成12年、全ての放流魚に標識を付けることを前提に、東海三県の共同放流試験がスタートしました。
今思えば、三県だけで始まったトラフグ放流事業が平成7年から水産庁の補助事業へ、
そして、平成12年からは南伊豆栽培漁業センターが技術開発を開始したことが、東海三県の連携を一層深める結果となりました。
しかし、放流するすべての魚に標識を付けるとなると、まずは「標識には何が適当なのか」各県の担当者は頭を抱えることになりました。


標識には「体外標識」と「体内標識」の2種類があります。
外から見てすぐに標識がついていると判別できる体外標識(スパゲティ型タグなど:放流後の移動や分散状況を調べるのに適しています)は、
魚の行動への影響が大きく、また、放流した後に標識が外れてしまうこともあるため、放流効果を調べるのには不向きです。
これに対して、内部標識は体内に標識を装着する方法です。
内部標識としては骨や耳石などに含まれるカルシウムと結合して着色する色素などが使われています。
ただし、染まっている部位が体内にあるため、それを調べるためには漁獲物を買い取って調べる必要があり、
その購入費用や解剖の手間が掛かるという問題があります。
一方、同じく体内標識のイラストマー標識は、イラストマーという、シリコン剤に蛍光色素を混ぜ込んだものを魚の皮下に注入して標識とします。
すでにアメリカやカナダではサケなどの標識放流に広く利用されており、魚の行動への影響がなく、小型魚へも装着も可能、
さらに、外部からも長期間識別が可能な標識として実証されています。
平成9年には現在の水産総合研究センター屋島栽培漁業センターでもトラフグの標識として使用されていた実績があることから、
東海三県のトラフグ放流試験にもイラストマー標識を導入することにしました。
イラストマーは無害ですが、消費者から魚に異物が付着しているとのクレームが出る可能性があります。
そこで、各県の担当者は関係者に向けたイラストマー標識に関するPR活動を積極的に行い、事前に理解してもらう活動を展開しました。
そういった事前の準備の後、いよいよ平成12年7月、東海三県と南伊豆栽培漁業センターは初めて共同でイラストマー標識作業を開始しました。
 
東海三県と共同で行ったイラストマー標識作業   イラストマー標識付け作業(動画 約20秒 2MB)
しかし、初めてのこととあって各標識作業現場ではトラブルが続発しました。
イラストマーを注入するにあたっては、市販の自動インジェクター装置(イラストマーを装着する機械)もあるのですが、
これは1台70万円と高額で、1機関で何台も購入することはできません。
数少ない装置は各機関で融通して使いながら、私たちは主に注射器を使った手作業で標識装着作業をしていました。
ところが、注射器内でイラストマー液が固まってしまい、そのたびに挿入作業がストップしてしまいました。
すると、静岡県の担当者から注射器の種類と注射針を少し太めのものに変更することで、
イラストマーが注射筒で硬化するトラブルを解消できるとのアイデアが出されました。
また、注入後に注射針先に残った少量のイラストマーが固まって、次に挿入する時の妨げになっていたのですが、
三重県の担当者からスポンジを指に巻いて、残ったイラストマーを拭い取るというアイデアが出されました。
三重県の担当者は標識作業マニュアルまで作成してくれました。
このように、各県、各担当者の方々からいろいろなアイデアが出され、だんだんと標識作業もスムーズに行えるようになりました。

標識装着は順調に進むようになりましたが、その先の工程についても手探り状態でした。
稚魚時に標識を装着してから1年以上経過したトラフグでイラストマー標識の残存状況について調べられた例はこれまでになく、
さらには、東海三県での市場での検査方法の統一もできていませんでした。
このような中で最初のイラストマー標識放流を行ったわけですから、まさに“ぶっつけ本番”でした。
とにかく、放流した後で市場に揚がる放流トラフグから得られたデータを積み上げていき、
検査方法や今後の標識方法については、お互いに検討していくことになりました。
放流したトラフグを発見するための連携
平成12〜13年度は初めての3県共同放流ということもあり、適正な放流場所を探すために、数多くの場所で放流しました。
使用したイラストマー標識は非蛍光色(青、茶)と蛍光色(橙、黄、赤、緑)で、装着部位も胸鰭基部の左右、胸鰭下部、頭部とし、
それぞれの標識の色、装着部位から放流した場所が特定できるようにしました。

放流後、再捕されたトラフグにイラストマー標識が着いているかいないかを確かめるには、
非蛍光色のイラストマーは肉眼で、蛍光色については専用のLEDライトを当て、専用のサングラスを通して確認します。
ぶっつけ本番で調査を進めて行くうちに、作業を進める上でのいろいろな注意点がわかってきました。
例えば、いざ、標識作業という時に、白と思いこんでいたトラフグの胸鰭基部が黒い色素で覆われていたことがあり
トラフグの胸鰭基部の色素の発現は一定ではないということ、非蛍光色である青と茶色を使った標識魚を発見することは難しいこと、
蛍光色を使用しても赤色は専用LEDライトとサングラスをかけて検査するとオレンジ色、緑は黄緑色に見えてしまうこと、
胸鰭基部に装着した場合、成長に伴い表皮の下にイラストマーが深く埋没して見にくくなること、
さらに、注入した時はマッチの軸程度の固まりであったイラストマーが、再捕時には星屑状になっていること等々…
これらは次に活かせる貴重な教訓となりました。







市場調査
手に持っているのがLEDライト。
蛍光色のイラストマーに当てると、イラストマーが光る。
また、イラストマーの有無を調べる市場の照明の明るさが一定ではない上、
調査員の年齢も30から50代まで、近眼もあれば老眼もありで、視力にもバラツキがあり、判定に影響が出ていたことがわかりました。
この問題解決のため、愛知県の担当者が、黒い筒を魚の胸鰭にあて一定の距離にLEDライトをセットすることで、
周りの明るさに影響を受けずに観察できる検査用道具を試作してくれました。
その他にも調査員の検査技能を高めるため、トラフグの胸鰭基部を用いて判定の研修も行いました。

東海三県と標識の検査方法の研修



  イラストマー標識魚(3年間飼育)の検査会         標識の保持状態を検査する


3県が同じように作業を進めるためには、各県の検査方法を統一する必要があります。
例えば、イラストマー標識が点のように小さいとき、色の識別が非常に困難な場合があります。
そんなときは、トラフグを解剖して調べる必要があるわけですが、解剖するなら1尾数万円のトラフグを購入しなければなりません。
しかし、もちろんそんな予算はありません。
最善を検討した結果、私たちは過小評価となっても良いので解剖までは行わないと取り決めました。
また、市場調査で使用する検査用LEDライトの照射についても検査時に1往復だけ行うこととし、各県の検査法の統一を図りました。

懸念していた仲買人やフグ料理店からのイラストマー標識についての反応は、
トラフグに傷を付けないで調査できるから良いという意見が相次ぎ、食についての問題も起こらず一安心しました。
このように、トラフグのイラストマー標識にあたっては、それぞれの調査員たちが試行錯誤を重ねながら、
各々の経験を持ち寄り、誰もが標識の発見率を高めるための努力を惜しみませんでした。

こうして東海三県の担当者は標識の検査方法を統一し、市場調査を進めて行くことになりました。

トラフグ栽培漁業の舞台裏(6)に続きます…)
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