独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
さいばいコラム
No.22  さけますセンター研修レポート
2008.03.17
奄美栽培漁業センター 久門 一紀
私たち水研センターの仕事は水産業全般、多岐にわたっており、まだ私が経験したことのない分野がたくさんあります。
今回私が参加した研修は、他の研究分野への理解を深めるとともに、その経験を自らの研究・技術開発の向上に役立てようというのが目的です。
昨年の10月上旬から下旬にかけて、北海道にある水産総合研究センターさけますセンター千歳事業所で受けた研修での貴重な体験をちょっとご紹介したいと思います。


●奄美大島から北海道へ
私の勤務する奄美栽培漁業センターはクロマグロの増養殖に関する技術開発に取り組んでいます。
センターのある奄美大島は10月でも気温はまだ30℃近くあり、ひと月前に着任したばかりで、ようやく暑さに慣れてきた体には気温差約20℃での研修スタートは少々堪えました。
千歳事業所は北海道千歳市にあり、市街地からは支笏湖に向かって約6km離れた場所に位置します。
森に囲まれ、場内には千歳川がこんこんと流れています。
紅葉のシーズンを前にして、しかも鹿や熊も生息しているとの話に期待が高まります。


●サケの採卵
秋はシロザケ(以下サケとする)の産卵のシーズンです。
研修もサケの採卵から始まりました。
日本では、サケが自然産卵できる河川は少なく、ほとんどのサケは遡上の途中で捕獲され、人工的にふ化、放流されています。
千歳川を遡上してくるサケも、事業所から数キロ下流にあるインディアン水車で捕獲されています。
これらは事業所の畜養池に収容され、採卵まで数日を過ごします。
本来の産卵場所へ到達するまでにかかる時間を畜養することで、
より自然に近い成熟状態で採卵することができるのです。
採卵作業は魚を選別するところから始まります。
サケの尾をむんずとつかみ、おなかを触って判断します。
成熟した魚は頭を棍棒で「ぽくっ」とたたかれ、ベルトコンベアーで採卵室へ送られて行きます。ちょっとかわいそうな光景です。

左上:シロザケ(♂) 右上:インディアン水車  
左下:畜養池 右下:サケの選別をする筆者  

採卵室では、雌のおなかを裂いて手早く卵を取り出し、さらに雄の精子と混ぜあわせた後、水槽に移します。
水に浸かると精子が動きだし、受精します。
これから目ができるまで8℃の水温で約1ヶ月、さらにふ化するまではもう1ヶ月かかります。
ふ化まで2ヶ月・・・。
栽培対象の海産魚ではまず考えられない長さです。
クロマグロでは産卵の翌日にはふ化してしまいますから。
●紅くなるのは・・・
10月の北海道は紅葉の季節です。
研修当初、まだ青みが残っていた木々も、紅葉のピークとなると鮮やかな黄色、
そして紅色に染まっていきます。
場内の木々も鮮やかな色彩を呈し、研修中であるのも忘れて足を止めてしまいます。

この紅葉に勝るとも劣らないのがベニザケです。
事業所構内の蓄養池では、産卵期を迎えたベニザケが真紅に染まっています。
ここで採卵したベニザケは千歳事業所と静内事業所で育てられ、放流されています。
研修中にこのベニザケの遡上調査にも同行したのですが、
残念ながら今回は見ることができませんでした。
紅葉が終わり、葉が落ちるころには遡上が見られるそうです。


左上:場内の紅葉 右上:ベニザケ(上♂・下♀)  
右下:サクラマス  

そのほかに千歳事業所ではサクラマスの増殖にも取り組んでいます。
ちなみに陸封型はヤマメ(ヤマベ)です。
サクラマスはサケの捕獲施設が撤去されている春に遡上し、産卵期の秋まで上流域で過ごしているので、
捕獲場より上流に位置する場内の川でも観察することができます。
サクラマスの稚魚は成長が早すぎると降海しなくなり(ヤマメになってしまう)、
逆に遅いと降海できず、一年よけいに河川に残留してしまうため、
種苗生産では成長の管理に注意が必要だということです。
サクラマス        
(動画:Startボタンをクリックしてください)  
●定置網
さけますセンターでは、沿岸の定置網で漁獲されるサケも定期的に調査しています。
研修中に室蘭で水揚げされるサケを調査するためサケの定置網漁に同行させていただきました。
船は夜中、3時前に出航します。漁船には10人ほどの漁師さんが乗り込んでいます。
定置網に到着すると、ロープを巧みに操り、網が絞られていきます。
一カ所目、なにやらピンク色の巨大な生き物が。近年漁師さんを悩ませている大型クラゲです。
魚槽に入らないよう注意しながら網をあげます。
暖かい海域にいるはずのマンボウやブリも見られ、「地球温暖化」という言葉が脳裏をよぎります。
しかしクラゲが入ったのは最初の揚網だけで、二カ所目からはほとんどサケ一色で、次々と、豪快に漁獲されていきました。
合計四カ所の網を揚げ、漁港に向かうころには空も明るくなり始めていました。
漁獲されたサケは、婚姻色を呈し、口が曲がり始めたものから、まだ体色が銀色のものまで、その成熟状態は様々です。中には「鮭児」と呼ばれる珍しいものも。
同じシロザケですが、産卵に向かう群れに紛れてやってきた未成熟の若い魚です。
知らない大人についてきてしまったかわいそうな鮭の児(子)なんでしょうか。
でも脂がのっていて抜群においしいです。

サケの漁獲


鮭児
●サケのバーコード
さけますセンターで放流したサケにはすべてバーコードがついています。
といってもコンビニで「ピッ」とするものとは違います。
それはサケの頭にある耳石と呼ばれる石状のものについています。
耳石をサケの頭から取り出し、薄く削り、顕微鏡をのぞくと中心近くにはっきりとした等間隔の黒い線を見ることができます。
これがサケのバーコード「耳石温度標識」です。
耳石温度標識     
これは成長に従って輪を刻みながら大きくなっていく耳石の特性を利用した標識です。
中心に近い方から2本(この2本の線は「日本(にほん)」を示しているそうです)、次に3本、さらに3本というように線が見えます。
この線は、卵のうちに水温を下げると、成長が遅くなり、その部分が黒い線として見えるのです。樹木の年輪と同じですね。
ふ化槽の水温の上げ下げを繰り返しバーコードとすることで、漁獲されたサケが、いつ、どこで放流されたのかを知ることができます。
しかし、これはふ化までに時間のかかるサケならではの標識です。
あっという間にふ化してしまう多くの海産魚ではまねできそうにありません。
このほかにも鱗の模様からも年齢を読み取ったり、魚の大きさを調べたりすることでサケの資源状態や生態を調査してゆくのです。
●施設や道具
魚を育てる仕事をしている人なら、他の施設にどのような水槽があるのか、便利な道具を使っていないか、など気になるものです。
それに同じ魚種でも地域や担当者が変わると結構違いが出てくるものです。
ましてそれが「海」と「川」ともなると、施設の構造から違ってきます。
水槽の使い方をとっても、さけますセンターでは長方形で水深も60センチほどの浅い水槽を使い、水を一方向へ流して飼育する方式、それに対して多くの海産魚の生産施設では正方形や八角形の比較的水深の深い水槽に海水を注水して飼育する方式、と大きく異なります。
また、サケの死んだ卵と生きた卵を高速で選別する装置(動画をご覧ください)を始め、さけますセンターならではという機器、道具が数多くあり、歴代の技術者の苦労が垣間見られます。
しかし、こういった工夫を凝らすところはさけますセンターに限らず、魚を育てる人には共通することのようです。



飼育水槽
上:さけますセンター 下:栽培漁業センター

卵の選別
(動画:Startをクリックしてください)
●研修を終えて
今回の研修では、さけますセンターの職員の方と一緒に仕事をする中で、さけます類に関する知識だけでなく、研究や増殖事業に対する現場の職員の方々の取り組み等にも、理解が深まっていきました。
対象とする魚種こそ違え、資源を維持、あるいは増大し、水産物を安定的に供給するという点では、さけますセンターも栽培漁業センターも全く同じであることを強く感じました。
また、日本を離れ、広域を回遊するという点では、奄美栽培漁業センターで取り組むクロマグロもさけます類と同様、国際的に重要な魚種です。
こういう観点からも、さけます類に学ぶことは多いと感じました。

さけますセンター千歳事業所には展示施設「さけの里ふれあい広場」を併設しています。
どなたでもご自由に見学できますので、千歳、支笏湖方面にお出かけの際は立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
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