独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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トピックス
No.143 藻場干潟(里海)の維持・保全と栽培漁業 〜宮古湾での取り組み〜  2009/02/13
宮古栽培漁業センター  有瀧 真人
増殖事業と沿岸環境
 1979年,(独)水産総合研究センター宮古栽培漁業センターは太平洋北海域における栽培漁業の拠点として設置され,沿岸資源の増殖を目的に試験・研究を実施してきました。栽培漁業とは『人の手で育てた魚の赤ちゃんを海に放流し,これらを天然の環境で生まれ育った魚と共に管理しながら,計画的に利用していく』ことです。
 現在,私たちは宮古湾でヒラメ,クロソイ,ニシン,ホシガレイの4魚種をモデルに,より効果的な増殖・管理手法の開発を検討し,それぞれ一定の効果を上げて来ました(図1,過去のトピックス(No.12912311589745237)参照)。

 一方,これらの過程で種苗がちゃんと生き残って大きくなるかどうかは,放流する海の生物・物理環境に大きく影響されることが明らかとなってきました。すなわちいくら良い『種=種苗』を播いて『世話=資源管理』しても,良い『畑=環境』が存在しなければ,栽培漁業は根本から成り立たたないわけです。砂漠でお米は育たないし,『権兵衛が種まきゃ,カラスがほじくる』ではいくら放流しても無駄ですよね。
図1 宮古市場におけるクロソイの水揚げ状況
藻場干潟(里海)=仔稚魚の成育場(魚たちの幼稚園)の重要性
 サケ,マスなどごく一部の魚を除き栽培漁業の対象種は,生まれた時の大きさがわずか数mmと極端に小さく,ほとんどは他の魚たちに食べられたり,餌に巡り会えず餓死したりする運命にあります。だから,沿岸で生活する多くの魚類にとって,穏やかで食べ物がいっぱいある上に隠れる場所を提供してくれる藻場や干潟は欠くことのできない成育場=幼稚園となっています。すなわち,これらの環境がなくなってしまうことは,即座にそこで幼い時期を過ごす魚達の絶滅を意味します(図2)。
 事実,戦後の経済成長に伴い,多くの藻場や干潟が埋め立て等で失われ,沿岸漁業の衰退もその時代から坂を転がるように始まってしまいました。また,私たちが行っている栽培漁業の技術開発の中で,多くの魚種にとって藻場干潟での放流は大きな効果を生むことが明らかとなってきました。

 藻場や干潟はこのように漁業資源を『産み,育てる』場所として重要ですが,他方で海に流入する河川や海そのものを綺麗にする力(浄化力),陸から海へ,海から陸へ巡る有機物を貯蔵する力(ストック機能),広大な藻場やその周辺で発生する植物プランクトンによる二酸化炭素の吸収(CO2還元能力)など環境を整え,沿岸のみならず広域の住人にとって安全安心な生活を担保する役割も果たしています。
 すなわち,魚たちにとって住みにくい沿岸環境は,我々にも極めて大きな問題を提示していることになります。

 このように魚たちばかりか我々にとっても重要な藻場干潟ですが,それらを作り上げるのは海の物理・生物作用だけでなく,流入する河川やその河川を生み出す山など多様な自然環境が関連しています。近頃,沿岸の藻場干潟は里山とつながりを持った一つの世界であり,環境問題の指標『里海』として捉えられるようになってきました。
   図2 魚の成育場
宮古湾をモデルとした活動と今後の展開
 栽培漁業を通じて沿岸に形成される藻場干潟の重要性や維持・保全の必要性を痛感した私たちは,地域住民,特に子供達へこのことを伝え,実感してもらうことに取り組み始めました。
 地域の行政機関や漁業者と共に『宮古湾の藻場干潟を考える会』を立ち上げ,シンポジウムや観察会の開催,様々な会議への出席,授業への参画等,啓発・普及活動(過去のトピックスNo.96)を実践すると共に,住民や学校と連携してニシンやヒラメなどの放流を継続しています(図3)。
 今後もこのような活動を通じて沿岸漁業を支える藻場干潟の保全の必要性やその環境が人の生活へ大きな影響を与えていることを訴え続けていきたいと考えています。
図3 放流風景
 毎年,目の前の藻場干潟でどのような魚が,どれくらい育ち旅立っていくのか,陸の住人である我々に正確な状況把握は困難です。
 一方,栽培漁業は天然魚と識別できる魚を放流することが可能です。我々が育てた種苗を藻場干潟へ放流し,魚市場での水揚げ状況をモニタリングすることで沿岸環境の健全性や生産能力を一面から明らかにできるはずです。
 すなわち,栽培漁業の長期的な評価は放流地である藻場干潟=沿岸環境の『健康診断書』として利用していくことが可能なのではないかと考えています。
 今後も人間生活と沿岸環境のバロメーターとして藻場干潟を注視していくことが重要であろうと強く思います。何といっても『あなたも私も海に生かされている』のだから・・・。