独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.118 放流トラフグを耳石で調べる
―医療用アスピレーターによる効率的な耳石収集方法を開発―  2007.11.02
南伊豆栽培漁業センター 鈴木 重則
 栽培漁業では,人工的に生産して海に放流した稚魚が元気に大きく育ったか,どれだけ生き残り漁業で獲られたかを検証することが重要です。放流後の成長や生き残りを調査するためには,放流魚であることの目印(標識)が必要です。それには,外部標識と呼ばれるプラスチック製のタグ等を種苗に装着する方法や,内部標識と呼ばれるALC(アリザリン・コンプレクソン)などの蛍光物質で魚の耳石(頭蓋骨下部にある体の平衡を保つ器官)を染色する方法等があり,調査目的に応じて使い分けます。
 ALC耳石標識は,種苗を傷つけずに標識が付けられるために,放流後の成長や生き残りに影響がないというメリットがありますが,一方で,対象とする魚を収集・解体して耳石を取出し専用の顕微鏡(蛍光顕微鏡:写真1)で蛍光の有無を確認しなければ,天然魚と放流魚の判別ができないというデメリットがあります。また,天然魚の数に対して放流魚の数が少ない場合には,放流魚を発見するため大量の魚の耳石を検査する必要があります。トラフグのような高級魚を対象とした場合,検査用の魚の大量収集は買い取り費用が大きくなるので,実際の調査手段として,実施が難しいのが現状です。
写真1 蛍光顕微鏡によるALC耳石標識の確認
 南伊豆栽培漁業センターが研究開発の対象としているトラフグは伊勢・三河系群であり,主に伊勢湾・熊野灘・遠州灘で漁獲され,水揚げ量全体の約1/3を遠州灘が占めます(写真2)。さらに,遠州灘で水揚げされるトラフグの約1/3(全体の約1/9)が静岡県浜松市のトラフグ加工場(遠州灘ふぐ調理用加工協同組合)に持ち込まれ,毒のある部分を取り除く「身欠き」処理が行われます(写真3)。毒を持つフグ類の加工・調理には,免許を持つ専門の調理師が従事しなければならないので,加工場で一括処理した方が効率的なためです。このように流通・加工経路が限定されるトラフグ産業の特徴に着目して,全く新しい耳石の収集方法を考案しました。
 これについては,トラフグ加工場の熱心な協力があって実施できるものです。その方法は,身欠き処理の過程において廃棄される耳石周辺組織を収集し,ここから耳石のみを大量に分離し調査用のサンプルとすることで,放流魚の混入状況を把握しようというものです。この方法であれば,標本魚を大量に購入する必要もなく,大きな費用をかけなくても大量のサンプルから追跡調査が可能となります。
 南伊豆栽培漁業センターでは,このような耳石収集方法による新たな放流効果調査手法の開発を平成16年度から開始しています。平成17年度には同加工場で処理されたトラフグ2,928尾分の耳石周辺組織を収集しました。この時の方法は,耳石を含む周辺組織を割りばしで掻き出すというものです(写真4)。約3,000尾のトラフグから左右1対(つい)で備わっている耳石を採取すれば,合計で6,000個の耳石が得られるはずでしたが,実際に得られた耳石の数は1,896個しかありませんでした。
 トラフグの耳石は他の魚類と比較して小さく,肉眼で耳石を見つけながら採取作業を進めることが難しいこと,そして,掻き出す部分の奥の方に耳石があるために,取り残される耳石が多かったようです。

写真2 舞阪漁港に水揚げされたトラフグ
(静岡県浜松市)

写真3 遠州灘ふぐ調理用加工協同組合の
トラフグ加工場(静岡県浜松市)

写真4 半分に割ったトラフグ頭部から
耳石を含む周辺組織を掻き出す
 加工場の協力により耳石を収集する調査手法の実用化には,加工場に負担をかけずに耳石を効率的に収集する方法の開発が不可欠です。何か良い方法はないかと検討して考案したのが,医療用のアスピレーター(吸引機)で耳石を含む周辺組織を吸い取ってしまう方法です(写真5)。
 トラフグ加工場へ機械を持ち込み,加工場の方に使ってもらった結果,組織の吸い取りは非常にスムーズであることがわかりました。吸い取ったサンプルを栽培漁業センターへ持ち帰り,その中の耳石を数えたところ,4,750尾の処理魚から6,784個の耳石が得られました(表1,写真6)。

 従来の割りばしを利用した掻き出し法の採取効率が30%程度であったことと比較すると,今回の吸い取り法では70%近い採取効率が得られたことになり,格段に効率が向上しました。実用的かつ効率的な耳石の収集方法が見つかったことで,新たな放流効果調査手法の確立に向けて一歩前進しました。
 今後は開発した技術を利用して,トラフグ種苗の効率的な放流手法を明らかにすると同時に,トラフグ資源の持続的利用の一役を担うべく,精力的に研究開発を進めていきます。


写真5 トラフグ耳石の採取に利用した
医療用アスピレーター(M20東京エム・アイ紹介)

写真6 加工場で収集し,分離したトラフグ耳石
表1 採取方法の違いによるトラフグ耳石採取効率の比較
採取方法 採取期間 稼働日数
(日)
加工尾数
(尾)
観察耳石数
(個)
採取効率
(%)
掻き出し法 H17.10月〜H18.2月 67 2,928 1,896 32.4
吸い取り法 H18.10月〜H19.1月 60 4,750 6,784 71.4
採取効率=観察耳石数/(加工尾数×2)