独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.117 謎の栄養素探し ―マダコの種苗生産に必要な栄養素の探索―  2007.10.19
屋島栽培漁業センター 岩本 明雄・荒井 大介
東京海洋大学 栗原 紋子
 タコといえば瀬戸内海,瀬戸内海といえばタコといわれる程,瀬戸内海のマダコは全国的にも名前が通っています。特に明石海峡付近に生息しているマダコは,その豊富な餌と速い潮の流れにはぐくまれて「明石ダコ」のブランド化もされています。
 また,瀬戸大橋の袂の岡山県下津井地区では昔からタコ料理のお店がたくさんあり,グルメ雑誌等にはいつも取り上げられています。一方,スーパーに並んでいるアフリカ産のタコをいつも食べている者にとっては,たまに食す瀬戸内海産のタコは「やはり違うな〜」と思わざるを得ません。
 このように,わたしたちが普段購入するタコはアフリカからの輸入物が主流を占め,統計によれば日本で流通しているタコの70%以上が輸入物というのが現状のようです。

 このため,輸入元のアフリカでは資源の減少が深刻となり,輸入量も2000年を境に半減しています。そのあおりを受けて,国内供給量も年間15万トン台から10万トン台に減っていますが,幸い,日本のタコ類(ミズダコとヤナギダコで70%以上を占める)の近年の漁獲量は5〜6万トンと安定しています。
 マダコの主産地である瀬戸内海では昭和38年頃の14,000tをピークに,昭和51年には約3,000tまで減少してしまいました。しかし,その後は増加傾向となり,近年は約12,000t前後まで回復しています(図1)。
 瀬戸内海各地ではマダコの資源を保護するために,禁漁期の設定や子持ちダコの移植放流によるふ化ダコの資源添加に努めてきました。過去には資源の急減に伴い,他海域からの親ダコの移植放流を行っていましたが,親ダコの保護や遺伝的多様性を保持する配慮から,近年はやめています。
 マダコの種苗生産技術の開発は昭和30年代後半から瀬戸内海関係県で取り組まれてきましたが,残念ながら未だ安定的に大量飼育できる技術は確立されていません。そういう状況の中,着底幼生(稚ダコ)の量産が可能となりつつあることを,前報(マダコの離乳食はチベット産アルテミア:2004.11.01)でお知らせしました。ここでは,その後の取り組みについてご紹介したいと思います。
前報までを簡単におさらい
 前報では,チベット産アルテミア幼生とイカナゴのシラスを使用して,ふ化ダコを飼育した結果,平成13年に吸盤数20個(タコの成長の指標:生まれたときは1本の足に吸盤数3〜4個であるが,成長とともに18個ほどに増えた時に,それまでの浮遊生活から底生生活に移行する)の稚ダコ約16千尾(平均生残率66.3%)を取り揚げることができ,大きな一歩を踏み出したことをお知らせしました。
 イカナゴのシラスに含まれているDHAが稚ダコに取り込まれていることがわかり,これが好結果につながったものと考えられましたが,チベット産アルテミア幼生の効果については,まだ不明でした。
アルテミア幼生(約0.65mm)
謎の栄養素Xを探しています
 その後の研究で,チベット産アルテミアは北米産アルテミア幼生よりもEPA含量が高いことが分かり,イカナゴのシラスとともに,EPAとDHAは一方が欠けても稚ダコの生産はうまくいかないと考えました。
 イカナゴの入手は現在それほど難しい話ではありません。兵庫県では釘煮(佃煮。製品になったイカナゴの姿が,釘が曲がっているように見えるためといわれています)やチリメンジャコにするために大量に漁獲されています。一方,チベット産アルテミア幼生は,北米産アルテミア幼生と比較して入手が非常に困難です。チベット産アルテミア幼生は中国の青海省地方の標高の高い塩水湖で収穫され,サイズが大きい,粗脂肪含量が高い,色が紫がかっているという情報しかなく,日本には余り入ってきていません。
 屋島栽培漁業センターもこのチベット産アルテミア幼生の入手には頭を悩ませています。では,北米産や中国産アルテミア幼生をチベット産アルテミア幼生と同等な餌料価値に高められないかと考えるのは誰しも・・ということで,この研究を大きな柱の一つとして取り組んでいます。
 前述したように,チベット産アルテミア幼生を通して仔ダコにEPAが取り込まれるということがわかっていますので,北米産アルテミア幼生等にEPAを強化して餌料として与え飼育してみました。しかしながら,思惑どおり仔ダコにEPAが取り込まれているにもかかわらず,飼育途中で死んでしまうことから,チベット産アルテミア幼生に含まれる仔ダコに必須な成分はEPAだけではないと思われました。

 このため,東京海洋大学と共同でチベット産アルテミア幼生のEPA以外の仔ダコの成長,生残に必須な謎の栄養素Xを探索しているところです。数々の取り組みの中で,北米産アルテミア幼生に栄養強化を行って,最もチベット産アルテミア幼生による飼育結果に近づいた例は,チベット産アルテミア幼生の脂質抽出成分を北米産アルテミア幼生に栄養強化することで,ふ化15日まではチベット産アルテミア幼生を使った生残とほぼ同じであった結果が得られています。このことから,現在のところ,脂質成分の中に栄養素Xがあるのではないかと推測しています(図2)。

図2 脂質抽出物強化試験におけるマダコ幼生の平均生残率の比較

 マダコは1年から1年半で親となり,蛸壺などに産卵し仔ダコがふ化するまで面倒をみた上で死んでいきますが,その成長の早いことから,生育環境が整っている適正サイズで瀬戸内海の適地に放流すれば,変動の大きいマダコ資源の安定化に貢献できるものと考えられます。また,1〜1.5年で商品サイズに達すること,単価の高いことを考慮すると,養殖対象種としても期待されるものではないかと考えます。そのためにも,早急な種苗量産技術の開発を図りたいものです。