独立行政法人 水産総合研究センター 栽培漁業センター
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No.058 クエの凍結精子を用いた人工授精   2004/08/04
古満目栽培漁業センター
はじめに
 クエはマハタ属の大型魚で,市場価値が高いことから、種苗生産への取り組みが盛んに行われています。また,放流後の定着性が高いことから放流対象種としても注目を集めています。古満目栽培漁業センターでは1988年より親魚養成と採卵技術の開発を行ってきましたが,これまでに技術開発過程における問題点として以下の5点が挙げられます。

 (1)大型魚は天然海域では単独行動であることや資源量が減少したことにより親魚の確保が難しい。
 (2)雌性先熟型の性転換魚であるため,雄魚(大型魚)の確保が難しい。
 (3)種苗生産時期にウイルス性神経壊死症(VNN)に感染することが知られており、この対策として親魚からの垂直感染を防止するため,ウイルスフリー親魚の確保が重要である。
 (4)産卵期には、雄同士の個体干渉による噛み傷に起因する減耗が多発する。
 (5)陸上水槽における自然産卵では,産卵に関与する個体数が限定される。


クエ親魚
 これら問題点への対策として,ウイルスフリーであることを確認した雄親魚から精子を採取し,個体別に凍結保存した精子を計画的に人工授精に用いる方法が有効と考えられました。
 古満目栽培漁業センターでは,クエの精子凍結手法について検討し,凍結精子の受精能力を人工授精実験により確認しました。また,実際に人工授精を行う時の必要条件である,解凍した精子の有効期間や凍結した精子の数年後の精子の受精能力等についての知見を得たのでご紹介いたします。
精子の凍結手法
 精子を凍結するための条件として,海産魚の精子凍結に用いられる耐凍剤2種類と希釈液3種類を用いて,それぞれの最適な濃度と凍結速度について試験を行いました。試験結果の評価には,凍結解凍後の運動精子比(全精子数に対する運動精子数の割合)を指標として用いました。
 その結果,クエの精子凍結では,耐凍剤に5.0%DMSO(ジメチルスルホキシド)を用い(図1),5.4%グルコース液を希釈液(図2)として-32.5℃/分(液体窒素液面からの高さ3cm)の速度で凍結(図3)する方法が有効であることが確かめられました。
 これら条件下で凍結した精子を用いた人工授精により,精液量20μl分の凍結精子で10gまでの卵量に対し,新鮮精子に匹敵する受精率,ふ化率を得ることができました(表1)。
クエ凍結精子の保存期間
 凍結後,約2年間を経過した(2002年凍結)精子を解凍し,受精試験を行ったところ,同容量の新鮮精液とほぼ同等の受精率,ふ化率を得ることができました。この結果,長期間(2年間)保存した精子も受精能力は十分にあることが確認できました。
解凍した精子の有効期間
 卵と人工授精する時に重要となる凍結精子の解凍後の有効期間を,運動精子比(全精子数に対する運動精子数の割合)の変化を指標に検討を行ったところ,解凍した精子は常温(25℃)で保存した場合,4時間以内であれば解凍時に運動を開始させた時の80%以上の運動性を保つことがわかりました。また,長時間保存の場合,10℃の冷蔵状態で48時間以内であれば保存が有効であることが確認されました(図4)。

技術の応用と今後の課題
 この技術開発で得られた知見は,ハタ類種苗生産の共通の問題である雄親魚の確保や受精卵の受精率向上等への対応として有効であると思われ,育種技術などへの応用も可能であり今後の進展が期待されます。
 しかし,凍結保存精子を種苗量産の現場で応用していくには,さらなる受精能力の向上と凍結作業の効率化や,解凍から人工授精に至るまでの作業の簡便化を検討していく必要があると考えています。